9-5 帰郷





 試験も終わり、無事に長期休暇が始まった。生徒達はみんなさっさと帰郷する。

 寮では朝から、次々と出発する生徒達の姿が見られた。久しぶり里帰りはみんな嬉しいらしい。賑やかな声が聞こえた。


 だが、アルバートとルーベルトは何故か出発しようとしない。準備は終わっているはずなのに、暢気に構えていた。

 アルバートはソファに座る。


「ノワール。おいで」


 ボクを呼んだ。


「にゃあ」


 返事をして、とことこと近づく。

 抱上げられ、膝の上に座らされた。


「今日も可愛いね」


 親バカ全開で、ボクの身体を撫で回す。

 ネコの姿の時ならいざ知らず、人型の時は傍から見たらただのショタコンの変態だろう。太ももを撫でたり、肩口に顔を埋めてすうすう匂いを嗅いだりするんだから、言い訳は出来ない。

 だが、アルバートのそれは本人的にはただのスキンシップだ。


(それでも、ウザい)


 アルバートの事は大好きだが、愛が重すぎる。適度に放っておいてくれればいいのにそれがない。四六時中、いちゃいちゃしているバカップル状態だ。


「にゃあ」


 ちょっとしつこいと、怒る代わりにかぷっとアルバートの首に噛みついた。反撃する。もちろん、甘噛みなのでたいして痛くはないはずだ。

 しかしそれは逆効果だったらしい。


「可愛いっ」


 苦しいほど、ひしっと抱きしめられた。


「にゃあ、にゃあ」


 ボクは嫌がって、アルバートの腕から逃げ出す。ルーベルトの後ろに隠れた。

 ルーベルトは残す荷物の整理をしていた。戻ってくるので、持ち帰る荷物は少ない。ほとんどは置いておく。


「にゃあ」


 恨めしげに鳴いた。

 文句を言う時、ネコ語はとても都合がいい。人の言葉で文句を言ったら、相手を傷つけるかもしれない。いらぬ気を遣う必要があった。だがネコ語でにゃあにゃあ言っている分には、相手は傷つかない。

 言いたい放題だ。……伝わらないけど。


「ノワールが苦しいって文句を言ってるよ」


 ルーベルトがアルバートに意見を言ってくれる。意外と合っていて驚いた。ルーベルトは予想外のところで凄い。


「にゃあにゃあ」


 褒めるために、鳴いた。

 ルーベルトはくすっと笑って、ボクの頭を撫でる。そして足に纏わり付いているボクを抱上げて、アルバートに渡した。どうやら、邪魔だったらしい。

 荷物のように扱われて、ボクはむっと口を尖らせた。

 アルバートは嬉しそうにボクを受け取る。今度は優しく抱きしめられた。

 渋々、その腕の中に収まりながら、ボクはアルバートを見上げる。


「ねえ。にゃんで出発しないの?」


 のんびりしているのが気になって、尋ねた。

 二人は全く出発する気配を見せない。

 ロイエンタール領は広い。屋敷に着くまでにはそれなりに時間がかかるはずだ。のんびり構えている理由がわからない。


「待っているんだよ。先生達を」


 思いもしない言葉がアルバートから返ってくる。


「にゃっ?」


 ボクは驚いた。その先生が誰をさしているのかは聞かなくてもわかる。親しくしている先生なんてロイドとカールしかいない。だが、待っている理由がよくわからなかった。


「聞いていないにゃ」


 困惑する。拗ねた顔でアルバートを見たら、そうだったか?とアルバートも不思議そうな顔をした。

 二人で顔を見合わせて困惑しまくる。

 そんなボクたちを見て、ルーベルトは苦笑した。


「そういえばあの時、ノワールは寝ていたから聞いていないんじゃないか?」


 思い出したように言う。


「そういえば」


 アルバートも納得した。前日、遅くまで遊んだせいでノワールが寝不足だったことを思い出す。自分の膝を枕にして寝ていた。


「ロイド先生とカール先生が休暇中、家に滞在することになったんだよ」


 改めて説明する。


「にゃんで?」


 理由をボクは聞いた。何もなくて二人が来るとは思えない。


「まあ、いろいろあって」


 アルバートは誤魔化した。


(嘘が下手だな)


 ボクはそう思う。そして、正直に話してくれないのはボクに関わることだからだろうと察した。アルバートが大変な思いをするのはたいていボクの事だなと申し訳なく思う。また何かあるのかもしれない。


「にゃあ」


 ごめんねと思いながら、ボクはアルバートに抱きついた。






 全ての生徒が寮を出たのを確認してから、ロイドとカールはやってきた。監督責任がロイドにはあるらしい。

 待ちくたびれて、ボクは眠っていた。揺り起こされる。


「待たせてごめんね」


 ロイドがいて、謝られた。頭を撫でられる。


「にゃあ」


 いいよと言うように、鳴いた。大きく伸びをする。

 ロイドの後ろにはカールがいた。


(このふたり、本当に仲良しだな) 


 そんなことを思う。


「じゃあ、出発しよう」


 そう言ったのはロイドだ。

 来たときと同じように騎獣に乗って帰るのだと思っていたら、違った。ロイド達を待っていたのには理由があったらしい。

 ロイドが魔法陣を床に描いた。

 その中にみんな入る。

 一気にロイエンタール家の庭先に転移した。

 5人全員を一度に飛ばすその魔法に普通に驚く。


(普通に凄い)


 驚いて、言葉が出なかった。


「にゃあ、にゃあ」


 ただ鳴く。

 その声が聞こえたのか、執事たちが出て来た。


「お帰りなさいませ」


 並んで、みんなに出迎えられる。

 久しぶりに見たロイエンタール家の屋敷は個人の屋敷とは思えないほど大きかった。妙な威圧感がある。


「ただいま」


 アルバートは使用人達に向かって、微笑んだ。

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