9-6 パーティ 1
アルバートとルーベルトが学園から帰ったその日、帰宅を祝ってパーティが開かれることになっていた。
使用人達は忙しく準備におわれている。
ボク達は一室に隔離された。うろうろされると邪魔らしい。お茶が用意されてあり、のんびりとお茶を飲みながら待っていてくださいということのようだ。
「さすが四大公爵家は違うな」
カールがお茶を飲みながら、感心する。息子達が半年ぶりに帰宅したくらいでパーティを開くなんてやることのスケールが違うと思った。
「いや」
アルバートは首を横に振る。苦く笑った。
「そういう名目で、一族を集めるだけですよ。社交のシーズンの始まりなので、諸々の打ち合わせがあるんです」
内情を打ち明ける。
「それはそれで凄いけどな」
ロイドは小さく笑った。そんなこと、普通の貴族はやらない。ロイエンタール家は絆が強いと聞いていたが、それはこういうことなのだと理解した。社交が始まる前に、一族の基本方針を決めて徹底するらしい。
「それより、パーティの衣装は大丈夫ですか? 身内の集まりなので正式なものではなくても大丈夫ですが、一応、人は沢山くるので」
ルーベルトは心配した。
身内といいながら、呼んでいるのは血縁者だけではない。四大公爵家ともなると、一族の範囲には配下の家も含まれる。派閥の主だった貴族が集まるという感じになっていた。
「一応、社交のシーズンだからね。最低限、必要だと思う程度のものは持ってきたよ」
ロイドは答える。それを聞いて、ルーベルトは安心した。
「何かあったら言ってください。父ので構わなければいろいろあります」
ロイドとカールを気遣う。
(ロイドはたもかく、カールは無理じゃない?)
サイズ的にそう思った。だが口にはしない。そんなの、みんなわかっていた。
ボクは退屈で、ぽやぽやする。眠くなってきた。
「それより、ノワールが何を着るかの方が私は気になるよ」
ロイドの目がアルバートの膝に抱っこされているボクを見る。
「にゃっ?」
その言葉に驚いた。眠気が吹き飛ぶ。
パーティなんて、自分には関係ないと思っていた。その間は1人でのんびりとアルバートの部屋ででも過ごそうと思う。寛ぐ予定でいた。
自分も出席するとは思っていなかった。
「ボクも出るの?」
思わず、アルバートに聞く。
「もちろん」
アルバートは頷いた。当たり前の顔をする。
「みんな、ノワールを見に来るんだよ」
さらに予想外の事をルーベルトに言われた。
「にゃにゃ?」
ボクは困惑する。
「獣人は珍しいからな。みんな見たがるんだよ」
カールに言われて、ボクは眉をしかめた。
「でも……」
本当は獣人ではないのに、と思う。
ボクはだだのネコだ。
発覚した時、アルバートが困るのではないかと心配する。
社交のシーズンは極力目立たないように隠れているつもりだった。最初から目論見が外れる。
「大丈夫。ノワールが心配することは何もないよ」
アルバートは微笑んだ。ボクが何を心配しているのか、わかるらしい。
(本当かな?)
ボクは不安を拭えない。
「普通の獣人より、むしろもっと珍しいから大丈夫だろう」
ロイドがボクの心配を和らげるようにそう言った。
(珍しければいいという問題なの?)
ボクにはよくわからない。
だが、貴族というのは珍しいものや目新しいものが好きだ。そういうのを他人より早く見たり触ったりすることでプライドが満たされるらしい。
今日は噂の獣人を自分の目で見ようという連中が集まるそうだ。
ルーベルトがパーティの趣旨を説明してくれる。
(噂ってどんな? 怖い)
そぞっと寒気がした。怖すぎて、確認する度胸がない。知らない方が幸せかもしれないと逃げた。
「今日はうんと着飾って、いつも以上に可愛くしてあげるよ。何もしなくても、ノワールは可愛いけどね」
アルバートは楽しげに笑う。親バカ全開の台詞を恥ずかしげもなく吐いた。
もうすぐ、ボクの衣装がいろいろ届くらしい。今はそれ待ちの時間だったようだ。
(え~。迷惑……)
のんびりしたいのに、着せ替えショーをやらされるのかと思うとちょっとうんざりする。
(何着ても可愛いんだから、何でもよくない?)
心の中でそう思ったが、それを口に出すほど空気が読めないわけではなかった。
アルバートがやたら乗り気なのが見て取れる。
ロイドも参加する気、満々だ。
(家に帰ったら、普通はゆっくりできるものじゃないの?)
ボクは心の中でぼやく。
そこに、仕立屋が到着したという連絡が入った。
移動した部屋には、たくさんの服が吊されてあった。出来上がった服が見えやすいように飾ってある。5パターンほど仕立てられていた。
サイズは以前、採寸したものを使っているのだろう。大きくなっていないので、ジャスストなはずだ。
(多いよね?)
そう思った。しかし、基本的に同じ服をそのまま着たりはしないようなのでそのくらいは必要なのかもしれない。
服を持ってきた仕立屋には見覚えがあった。学園に持っていく私服を仕立てたのもこの店だ。ロイエンタール家御用達らしく、身なりのいい壮年の男性が穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
(瞳の色に合わせて、青と緑。それに赤に黄色にオレンジ)
服は白を基調にしてあった。差し色が全て変えてある。そのどれもに、差し色に合わせた宝石が付いていた。
(凄く高そうなんですけど……)
五着も作って貰って嬉しいよりも申し訳ない気持ちになる。前世では庶民だったボクはこういう高そうな服に慣れていない。学園の私服は可愛いさは凝っているが、普段着用なのでそこまで値が張る感じはなかった。だがこれは明らかに高いだろう。生地も良さそうなのが一目でわかった。
(キャンセルで)
喉までこみ上げてきたその言葉を飲み込む。
この五着は明らかにボクのサイズで作られていた。オーダーメイドの品だろう。当然、キャンセルなんて出来るはずがない。全部買い取りなのは明らかだ。あるなら、着るしかない。
納品して終わりのはずの商人はまだいた。服に合わせた靴などをお勧めするためらしい。靴の箱が幾つも積み上げられているのが見えた。
「さて、今日はどれを着せようか……」
アルバートは真顔で悩む。あれもいい、こっちもいいと、服の間を行ったり来たり始めた。
「一通り、ノワールに着せてみたらどうだ?」
ロイドが余計な提案をする。
(自分が見たいだけだろ?)
ボクは心の中で突っ込んだ。
ロイドは視線を感じたのか、ボクを見る。
ボクはロイドを睨んだ。
「そうだな。全部着せてから選ぼう」
アルバートは嬉々として提案に乗る。
(全部着るのか)
ボクはうんざりした。
凝ったパーティ用の衣装は着るのも脱ぐのも面倒そうだ。もっとも、それは自分でする事ではない。メイドの仕事だ。
「では、着せてあげよう。おいで、ノワール」
アルバートは手を差し出した。
「にゃ?」
あれ?と思う。
「ご自分で着せられるのですが?」
仕立屋が戸惑った声で聞いた。
(そう、それっ)
ボクは心の中で彼に同意する。
着替えさせるのはメイドの仕事のはずだ。だが、アルバートは自分でやろうとする。
「今夜はパーティだからね。メイド達はみんな忙しいんだよ」
アルバートは答えた。忙しいメイド達の手を煩わせず、暇な自分がやると言う。それはメイド達を気遣っているように聞こえた。
(それ、嘘だよね。いい感じに言っているけど、ボクの着替えを手伝いだけだよね?)
心の中でボクは突っ込む。
ルーベルトは同じことを考えたらしく、呆れた顔でアルバートを見た。
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