11-1 王女・ミリアナ。





 カールとの剣の稽古は午前中一杯続いた。身体を動かすことで、アルバートのストレスは発散されたらしい。すっきりした顔で庭から戻ってきた。


「ノワール」


 機嫌良く、ボクを抱っこしようとする。だが、アルバートは汗だくだ。


(ちょっと、無理)


 ボクは腕を突っ張る。


「にゃあ!!」


 抱っこを拒否した。


「にゃあ、にゃあ」


 汗臭いと、文句を言う。ネコの言葉で。伝わると思って口にした訳ではない。ただ、苦情を伝えたかった。


「ごめん、ごめん」


 謝りながら、アルバートは離れる。

 なんとなく伝わったようだ。


「アルバート、汗を流そう」


 そこにルーベルトの声がかかる。どうやら、風呂の用意が出来るのを待っている時間だったらしい。放っておいたボクの様子が気になって、アルバートは覗きに来たようだ。


「ノワール、また後で」


 アルバートはそう言うと、颯爽と立ち去る。

 ボクとアルバートのやりとりを傍で見ていたロイドはくすっと笑った。


「放っておいたのが心配で様子を見に来るなんて……。愛されているな」


 にやにやと口の端を上げる。


「にゃあ」


 知っていると肯定するように、ボクは鳴いた。アルバートに愛されていることなんて、ボク自身が一番よくわかっている。


「でも、そうなると。そうだな……」


 ロイドはぶつぶつと独り言を口にした。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げる。ロイドの言葉を聞き取ろうと、ネコミミがぴくぴく動くのが自分でもわかった。

 だが、ロイドは肝心なことは口にしない。

 そんなロイドがボクを見た。


「事前に話しておいた方がいいかもしれない話があるんだが、聞きたいかな?」


 問いかけてる。


「にゃにゃ?」


 どんなこと?--と尋ねるように、ボクは首を傾げた。その疑問はロイドにも伝わったらしい。短い言葉なら、ネコ語はなんとなくニュアンスで伝わるようだ。


「王族情報。正確には、王女・ミリアナの話かな」


 ロイドは答える。


(何、それ? 凄く重要じゃない?)


 ボクはにゃにゃと毛を逆立てた。人型なので、毛は産毛しかないけれど。

 だが、ボクの心情は伝わったらしい。


「聞きたい?」


 意味深な顔で、ロイドは聞いた。


「にゃー」


 もちろん、とボクは頷く。


「みんなが揃ったら話すよ」


 ロイドは頷いた。


「そり代わり、抱っこさせて」


 取引を持ちかけられる。


(腹黒い)


 ボクは冷たい目をロイドに向けた。だが、ロイドは全く答えない。


「宝石みたいなその目でそういう風に見られるのも、ぞくぞくするね」


 新しい性癖の扉が開く的な発言を口にした。


(変態がいるっ)


 別の意味で、ボクの身体はぞわっとする。目を逸らした。


「おいで、ノワール」


 ロイドは手を広げる。


「……にゃー」


 渋々、ボクは返事をする。自分からロイドの膝に乗ってやった。






 ロイドはぎゅっと抱きしめてきた。


「柔らかい。温かい。可愛い」


 ボクを抱きしめ、頭に顔を埋める。すりすりしてきた。ネコミミに頬ずりしているらしい。


「うにゃあ」


 嫌がるが、ロイドは離してくれなかった。それどころか、すんすんと匂いを嗅がれているような気がする。


(キモっ)


 前世なら立派に犯罪だと思う。この世界でも、ボクがネコでなければきっと技研になるだろう。


「う~っ。う~っ」


 唸っていたら、アルバートが汗を流して戻ってきた。シャワーはないので、お湯をかけ、身体を洗ってきたのだろう。石けんの香りが漂ってきた。


「……何、しているんですか?」


 とてつもなく冷たい声が響く。機嫌が急降下するのは見なくてもわかった。言葉遣いは丁寧だが、不機嫌なことは隠さない。


「にゃあ」


 ボクは振り返った。手を突っ張って、ロイドの胸を押す。

 アルバートはボクをロイドから奪い取った。

 抱っこされ、ボクはロイドの首に手を回す。しがみついた。


「アルバートのために有益な情報を提供するわたしにノワールがサービスしてくれたんだよ」


 ロイドは説明する。嘘ではないが、本当でもなかった。


「その割には、嫌がっているように見えましたけど?」


 アルバートは突っ込む。だが、ここで空気が悪くなることをボクは望まなかった。ロイドには話して貰わなければならないことがある。


「にゃあ」


 ボクは一声鳴いた。アルバートにすりすりと甘える。


「どうしたんです?」


 唐突なボクの行動に、アルバートは戸惑った顔をした。


「にゃあにゃあ」


 機嫌を直してと、ボクは頬にキスをした。


「怒るなって言っているんじゃないかな」


 ロイドが解説する。


「わたしから聞き出したい話がノワールにはあるんだよ」


 ボクを見た。


「にゃあ」


 同意を示してボクは鳴く。なんだか癪だけど、当りだ。


「王宮に行く前に、王女について話しておこうかと思って」


 ロイドは苦く笑った。


「それは是非、聞かせてください」


 アルバートから少し遅れてやってきたルーベルトがロイドに頼む。2人の会話が聞こえたようだ。


「もちろん」


 ロイドは頷く。


「ただし、カールがやってきてから」


 そう付け加えた。






 ロイドが何故カールを待てと言ったのかは直ぐにわかった。


「王女の話?」


 ロイドに話を振られて、カールは露骨に渋い顔をする。


「あのわがまま娘の話は思い出したくも無いんだけど……」


 人の悪口なんて言わないカールがわがまま娘と一言で切り捨てた。不機嫌な顔で椅子に座る。


「よくご存じなのですか?」


 ルーベルトは尋ねた。


「ああ、まあ」


 カールは言葉を濁す。


「昔、近衛隊として王女にも王子にも仕えたことがあるんだよ」


 ロイドが説明した。

 そんなロイドをカールがじろりと睨む。カールがロイドにそんな態度を取るのは珍しかった。


「それで、何が知りたいんだ?」


 カールは尋ねる。

 アルバートとルーベルトは互いに顔を見合わせた。そんなこと問われても、何も知らないから答えられない。


「王女の人となりを話してやるのがいいんじゃないか?」


 助け船を出すように、ロイドが言った。


「王女の性格? 捻くれていて、人が嫌がることをするのが大好きな性悪。頭は回るから厄介で、手に負えない。昔はそんな人ではなかったから、昔を知る人にはいろんな意味で同情されていたが……。そういう連中ももう見限ったらしい」


 カールは淡々と語る。その冷たい言い方に、アルバートもルーベルトも何も言えなくなった。なんとなく、これ以上は聞き難い。話したくない的なオーラがカールから出ているように感じた。

 しかし、ボクはネコなのでそんな空気を読むつもりはない。


「昔って?」


 問いかけた。


「……」


 カールは眉をしかめて、ボクを見る。


「にゃあ」


 ボクはにっこりと笑った。

 カールは苦く笑う。毒気が抜かれた顔をした。そして、王家の家庭の事情を話してくれる。


「なんというか、それは……」


 アルバートは言葉に困る。


「同情の余地は確かにあるんだよ。だが、それでずっと十数年も嫌がらせを続けるというのはな」


 カールはやれやれという顔をした。


「王家がらみの面倒なことにはたいてい絡んでいる人だから、気をつけた方がいいぞ」


 アルバートに忠告する。


「他人事だな。当日はお前も行くんだよ」


 ロイドは小さく笑った。


「嫌だね、行かない」


 カールは言い切る。王宮なんて面倒な場所、初めからばっくれるつもりだった。


「先生……」


 アルバートは不安な顔でカールを見る。


「うっ」


 カールは声を詰まらせた。生徒を見捨てる罪悪感に胸がちくりと痛むらしい。


「教官が生徒を見捨てるのか?」


 ロイドが責めるように言った。


「……わざとか」


 カールか恨めしそうにロイドを見る。


「まさか。当日、しれっとばっくれるつもりでいるカールにあらかじめ釘を刺しておこうなんて思っていないよ」


 ロイドはにこにこと答えた。


「1人だけ、蚊帳の外で逃げ切ろうなんて許せないよね」


 すでに巻き込まれることが決定しているロイドはカールも巻き添えにするつもりらしい。


「……」


 カールは死んだ魚のような目をロイドに向けた。

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