閑話: 密談





 王宮の一室で密談は行われていた。

 王子と王女がテーブルの端と端で向かい合っている。

 密談と言うくらいだから密やかでないと困るのだが、雰囲気は全然密やかではなかった。なにせ、王女は大勢の側近を引き連れている。


(やれやれ)


 王子側の側近の1人であるレイモンドは心の中でため息をついた。


 最初は本当に密談の予定だった。少人数で集まり、今後の対策を話し合う。密談というのが真っ当な手段なのかどうかは置いておいて、密やかに話し合いは行われて真っ当に終わるはずだった。


 だが、そうはならない。

 最初から予想されていたことだが、王女が自分の側近を引き連れて乗り込んできた。それが文官の側近1人だけというなら、それほど問題はない。だが、王女の側近は範囲がとても広い。王女には側近が沢山居た。

 秘書のような役割を果たす文官や侍女のように身の回りの世話をするもの。護衛や相談役など、側近という役職には明確な線引きがないため王女はそれらを全て側近にしてしまう。

 早い話、それはただの嫌がらせだ。

 王女と王子は姉弟だが、年が離れている。王子が産まれるまで、跡継ぎは王女だった。王女は王妃の娘で、唯一の後継者として育つ。誰もが次の王は王女で、王配を得て国を継ぐのだと思っていた。しかし、王女が15歳の時、王妃が亡くなり、状況が変わる。王は王女とさほど年が違わない若い女性を王妃として迎え、その時、すでに彼女は王子を身籠もっていた。

 その事実に王女は傷つき、怒る。

 王妃は何年も前から病に臥し、王と王妃の夫婦関係はとっくに破綻していたことも。女性を次の王妃として選んだのが亡くなった王妃自身で、2人を引き合わせたのも王妃であったことも。2人の関係は公然の秘密で、実は何年も前から2人は夫婦同然の生活を送っていたことを王女以外はみんな知っていたことも。

 全ての事実が王女の心を深く抉る。15歳の多感な少女に、その現実はあまりに酷だった。

 その後直ぐに産まれた王子を父王は溺愛し、王位継承権を与えてしまう。そして父王と新しい王妃の間には2人の仲の良さを象徴するかのように次々と弟妹が生れた。その子達を父王はとても可愛がる。

 そういうことが何もかも、王女には許せなかった。

 王女の母は政略結婚で、父も母も望んで結婚したわけではないことを王女は知っていた。それでも、家族としての情はあると思う。

 実際、2人は王女にとっては良い親だった。

 だからこそ、何もかもが偽りに思えて信じられなくなる。

 父王は決して王女を冷遇したわけではない。新しい王妃も前王妃にぐれぐれも娘を頼むと言い残されて、王女には必要以上に気を遣っていた。

 けれどそれさえ、王女には癪に障る。

 何もかもが許せなくて、何もかもめちゃくちゃにしてやりたかった。


 父王の再婚から16年。捻れに捻れまくった王女の性格は最悪なものになり、父王や王妃や王子たちが嫌がることをすることにだけ生きがいにしていた。


 レイモンドの主は第一王子で、皇太子だ。王女の憎しみを一番買っている。何をやるにも王女の横やりが入り、すんなりいった試しが一度もなかった。


(また嫌がらせか)


 毎度のことなので、レイモンド達ももう慣れている。王女の王子への嫌がらせは、それこそ産まれた時から始まった。

 さすがに命に関わるようなことはないが、小さな嫌がらせは上げればきりがない。そういうのにいちいち対抗するのも周りはばからしくなっていた。

 王女の周りも命じられて仕方なくやっているが、ただの自己満足に過ぎない数々の行為に、疲れてきている。

 王女はすでに30歳を超えていた。王子や王妃に嫌がらせをするために嫁にも行かず、城に居座っている。

 最初は王女に同情的な意見もあったが、それは2年もすると消えて無くなった。今の王女には味方は側近しかいない。

 その側近も、身内に嫌がらせをするより、王女自身の幸せを見つけて欲しいと最近は願っているようだ。

 嫌がらせをしたって、王女が幸せになれるわけではない。


「この、ロイエンタール家にネコがいるという報告はどういうこと? 何故、薔薇の会がそんなくだらないことをいちいち報告してくるの?」


 王女は弟に問いかけた。

 15歳まで、帝王学を学んだ王女は愚かではない。薔薇の会がそんな報告を上げる違和感に直ぐに気付いた。


(いっそ本当に愚かなら、扱いやすいのに)


 王子は心の中で毒づく。

 愚かな行為に積極的に手を出す姉だが、頭が悪いわけではなかった。それが余計、始末に悪い。気付かなくていいことに、気付く。


「見たままです」


 王子は静かに答える。

 ロイエンタール家の力が特出することを薔薇の会は恐れた。四大公爵家のパワーバランスが崩れることはよくない。

 だが有事の際、使える戦力を潰す愚かさも知っていた。ロイエンタール家の頭は押さえ、なおかつ、こちらの手駒として動かせる形でネコのことは決着をつけたいと模索していた。一定以上の魔力は行使できないように枷をつけるというロイドの案は悪くない。枷はこちら側からは任意で外せた。それを提案したのが魔法具を作ったロイドという点は引っかかるが、ちょうどいい落としどころだと思う。

 これでネコの件は妖精の件も含めて手打ちにしたかった。ひっそりと処理を終わらせようとしているところに乗り込まれた。


(相変わらず、変なところで鼻が利く)


 心の中で毒づく。

 嫌がらせを生きがいにしている姉にまともに対応するのはもう諦めた。仲良くしたいと努力した時期もあったが、この世には絶対に仲良くなれない人間が居るのだということを思い知っただけだ。

 だがこの件は横やりを入れられたくない。けれどそういう気持ちを悟られたら最後なのはわかっていた。


「このネコに会いたいわ」


 王女はそう口にする。


「では、王宮に招きますか?」


 言い出したら聞かないのはわかっているので、王子はそう答えた。


「いいわね、それ。お茶会を開きましょう」


 にこやかに王女は言う。


「わかりました。そう手配します」


 王子は約束した。すんなり約束して実行するのが、この姉に対しては一番面倒がない。アルバートに招待状を出した。

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