閑話: 分相応。
「やあっ、はっ」
庭にカールとアルバートの声が響いていた。
カールがアルバートとルーベルトの二人に剣の稽古をつけている。それはカールの一言から始まった。
「最近、身体を動かしていないからなまっている」
朝食の後、カールはぼやく。庭で剣の稽古をしてもいいかとアルバートに聞いた。アルバートは許可を出すと共に、自分も稽古をつけて欲しいと頼む。
身体を動かしていないのはアルバートも同じだ。その上、ストレスも溜まっている。
カールは引き受けた。断わる理由なんてない。三人は庭に出た。カール対アルバート&ルーベルトで、模擬戦を行っているらしい。
アルバートは久々に身体を動かし、楽しそうだ。いいストレス発散になっているみたいだ。
カールはもしかしたらアルバートのために稽古を提案したのかもしれない。
カールは脳筋だが、頭を使う方の脳筋だ。意外に人を見ているし、ある意味、正しく教育者をしている。
(カールがいて良かった)
まったとり居間のソファの上で寛ぎながら、ボクは窓の外の声に耳を向けていた。
ぴくぴくとネコミミが動いているのが自分でもわかる。意識して音を拾おうとすると、そんな風になった。
我ながら、ネコっぽいと思う。……本当にネコだけど。
「若者は朝から元気だね」
ロイドはまったりとお茶を飲みながら、呟いた。ボクの隣に座る。
「にゃあにゃあ」
ボクは突っ込んだ。カールはロイドと同じ年のはずだ。若者というくくりはちょっと可笑しい。
「何?」
ロイドはボクを見た。言いたいことがあるなら言ってごらんと、その目は語っている。
「にゃあ」
ボクは一声、鳴いた。
そんなボクをロイドはなんとも微妙な顔で見る。
「最近、意識的に喋らないようにしているの?」
問いかけられた。
「……にゃあ」
ボクは返事をする。
「どうして?」
ロイドはさらに問うた。そんなの、『にゃあ』のヴァリエーションで答えられるわけがない。ボクを喋らせたいようだ。
「……」
ボクはやれやれという顔をする。
ロイドはにやにやしていた。
仕方なく、ボクは口を開く。
「ボクはネコだから、ネコらしくしていた方がいろいろ上手くいく気がする」
正直に答えた。
にゃあとしか喋れないふりをしていたら、意外とそれでなんとかなることがわかった。相手が複雑な返事をはなから求めてこない。
余計なことは言えない事に、人は思いの外安心するようだ。一方的に話し掛けてくる。勝手に秘密を打ち明けられるのには困ったが、今さら、喋れることは言いにくい状況だ。このまま話せないふりをすることに決める。迂闊に話してしまわないように、普段からにゃあで押し通していた。
「では何故、人の形を取ったんだ?」
ロイドは当然の質問をする。
「しゃべれないのは、不便だと思ったから。自分の気持ちを伝えることが出来るのは、言葉しかない。ボクはアルバートとちゃんと話がしたかった」
ただのネコなら、意思の疎通が出来ないことを当然だと受け止めたかもしれない。でもボクは人としての記憶を持っている。意思の疎通が出来ないのはとても不便に感じた。転生したばかりだから、なおさらそう思ったのかもしれない。だがいまはそういう不便にも慣れてきた。
ネコとしてネコなりに生きればいいと思っている。だって、ネコなのは本当だ。ボクは可愛いだけのネコで、それ以上でもそれ以下でもない。
「なるほど」
ロイドは頷いた。それがどういう意味での納得なのか、いまいちボクにはわからない。ボクはさらに言葉を続けた。
「でも、ボクが人の姿に変化することでアルバートがいろいろ大変な思いをしている。もういっそ、ずっとネコの姿で暮らした方がいいのかな?」
ため息を吐く。アルバートに迷惑をかけたい訳ではなかった。
「それはどうだろうね」
ロイドは少し考え込む。
「ノワールがずっとネコの姿でいたら、それはそれでアルバートは寂しがるんじゃないかな?」
人の姿のノワールを溺愛する様子を見て、ロイドはそう感じた。ノワールによってもたらされる厄介事を差し引いても、ノワールが人の姿でいることの恩恵をアルバートは感じていると主張する。
「ううーん」
ボクは唸った。
そう言われると、否定できない。
「でも、今度は王族だよ。正直、厄介だよね」
ボクはため息を吐いた。
「もういっそ、ネコの姿で行こうかな。だって、ネコが見たいって書いてあるんだから。ネコの姿の方が本体だし」
提案する。いい案かもしれないとちょっと思った。
「いや、それは逆に厄介なことになる気がするよ」
ロイドは否定する。
そんなロイドをボクはじっと見た。
「その根拠は?」
問いかける。
「……」
ロイドはボクを見た。
「何を言わせたい?」
問いかける。
「ロイドの作った魔法具が薔薇の会から送られてきた件についてかな」
ボクは答えた。じっとロイドを見る。
ロイドはすっと目を逸らした。
「先生は何を隠しているの?」
ボクは問いかける。
「それを知りたいなら、前公爵に聞けばいい」
ロイドは逃げた。おじいちゃんに聞けと言う。
「えー」
ボクは不満な声を上げた。
「聞いても、教えてくれない気がする」
おじいちゃんはボクにメロメロだ。だが、ただ甘やかされているわけではない。線はきっちり引かれていた。許されることと許されないことがはっきりしている。そしてこれはたぶん許されない範疇のことだ。
「言わないことには言わないなりの理由があるのではないか?」
ロイドは小さく笑う。
「そんなの、わかっている」
ボクはぼやいた。
「結局、何も教えてくれないならしゃべり損だ」
むーっと頬を膨らませる。
「そういう顔も可愛いな」
ロイドは指でつんつんと膨らませた頬を突いてきた。
「がうっ」
ボクはその指に噛みつこうとする。
もちろん、ふりだけだ。そんな食べても不味そうな指、いらない。
「はははっ」
ロイドは笑った。
「抱っこして、いい?」
ボクとスキンシップをとりたいらしい。
「にゃっ」
嫌、とボクはそっぽを向いた。
「こういう時、ネコ語でも意味が伝わってくるのって切ないな」
ロイドは嘆く。
ボクはつーんとそっぽを向いたまま、それを聞き流した。
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