10-9 招待状




 首輪というよりはチョーカーっぽいそれは伸縮自在のようだ。苦しくはないが、緩まることもない。首輪と首の間に指が一本くらい入る隙間は作れるが、それ以上は伸びなかった。外れないようになっている。


(なんか不思議)


 それのオリジナルを作ったのがロイドだということも含めて、なんとも不思議な気持ちになった。

 ただ一つ確かなのは、よりネコっぽさが増したことだろう。首輪の存在がネコミミを際立たせた。

 ちなみに、ネコの姿に戻ったらどうなるのかも試した。首輪はそのままネコサイズに縮む。首に嵌まったままだ。最初から、姿が変わることも想定してあるように見える。

 どんな仕組みなのかわからなくて、あれこれ考えてみた。

 だがたぶん全部不正解だろう。

 ロイドに正解を尋ねてみたかった。だが、止める。なんとなく、魔法具に関しては触れてはいけない空気が漂っていた。

 何か知っていそうなカールに話を聞くことも考えたが、案外、こういう時のカールは口が堅い。たぶん話してくれないだろう。

 結局、諸々を含めて諦めた。


 なんとなく気になって、ボクは無意識に首に手をやった。ついつい触ってしまう。その度に、チリンチリンと鈴が鳴った。ちょっと煩い。動く度に鳴るのが鬱陶しくて、鈴だけ取ってしまおうと考えた。しかし、どうやっても取れない。外付けでつけたものではなく、最初から付いている仕様のようだ。

 どこにいるのか直ぐにわかるようにわざと音が鳴るらしい。ネコの首に鈴をつけたネズミと発想は同じようだ。


(ネコ扱いか)


 ちょっとイラッとしたが、よく考えたらそもそもボクはネコだ。妥当な扱いかもしれない。


(取れないんだから、鈴の音にも慣れるしかない)


 意外と前向きな性格らしいボクは早々に覚悟を決めた。






 そんなこんなで、首輪に慣れるのには数日を要した。

 ようやくチリンチリン鳴る鈴の音がたいして気にならなくなった頃、一通の招待状が届く。執事から手紙を受け取った公爵は、呼びつけるのではなく自らアルバートの部屋を訪れた。


「アルバート」


 机に向かっているアルバートと、その膝の上にちょこんと座っているボクを見る。アルバートは読書中で、ボクは邪魔にならないよう大人しくしていた。一緒に本を読もうと思ったら、それはもう読んだ本だった。テレビも無ければゲームもないこの世界では、一番の娯楽は読書だ。暇に飽かして、片っ端から本を読んだ。アルバートの部屋にある本は実はもうほとんど読み終えている。


「手紙だ」


 公爵は息子に告げる。執事ではなく、わざわざ公爵自らが届けに来たのはその手紙が特別であるからなのは直ぐにわかった。それは明らかに他の手紙類とは紙の質が違っている。いかにも高そうな紙を封筒に仕立てていて、それは手紙の主の財力を指し示していた。


「ありがとうございます」


 アルバートはボクを抱っこして立ち上がる。軽いボクを簡単に片手で抱えた。

 ボクはアルバートの首に腕を回して、捕まる。

 アルバートが歩くとチリンチリンとボクの鈴が鳴った。


(やっぱり、煩い)


 慣れたところで、気になるのは変わらない。


 公爵は近づいてくる息子に手紙を差し出した。

 受け取ったアルバートは自分の名前が宛名に書かれているのを確認してから、裏を見る。蝋の封印に印が押してあった。

 それが王族のものであることは、アルバートの手元を覗き込んでいたボクにもわかる。


(嫌な予感しかしない)


 ボクは心の中で呟いた。


「これって……」


 アルバートは困惑する。


「とりあえず、開封したらどうだ?」


 公爵は勧めた。憶測で話をしても仕方が無い。

 アルバートはペーパーナイフを取り出し、封を開けた。

 中からは招待状が出てくる。パーティかと思ったら、お茶会のようだ。


「……」

「……」


 公爵とアルバートは顔を見合わせる。

 ボクもそのカードをじっと見た。タイプライターっぽいモノで打たれた文字とは別に手書きのメッセージが添えてある。

 そこにはアルバートのネコが見たいと書いてあった。連れてこいとは書いていないが、それは書くこともないと思っているからだろう。要望ではなく、命令なのは直ぐにわかった。


「にゃあ」


 ボクは一声鳴く。そのネコとはボクのことなのは明らかだ。


「やはり、そういうことですか」


 アルバートは苦く笑う。


「薔薇の会が動いたなら、こうなるだろうとは思っていた」


 公爵はため息を吐いた。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げる。どういう意味かわからなかった。


「薔薇の会は王族直属の組織なんだよ」


 アルバートはボクに説明してくれる。


(え? そうなの?)


 ボクは驚いた。

 だが冷静に考えれば、四大公爵家より偉い家なんてない。その上にあるのは王族だ。王族直属の組織なのは、当然の摂理かもしれない。


「つまり、諸々の話の報告が王族に届いて、興味を持った王家にお茶に招かれたってこと?」


 ボクは問うた。

 人目がない場所なので、普通に話す。

 ネコ語では質問できないことを質問した。


「そうなるな」


 公爵は頷く。


「……」


 アルバートは渋い顔をした。


「万が一にも、取り上げられる何てことはありませんよね?」


 父に問う。

 公爵は困った。答えられる訳がない。


「……行く時は、ロイドも連れて行け」


 ただ一言、そう言った。

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