10-8 首輪。




 あの後、ボクたちは逃げるようにグランドル家の別宅を立ち去った。

 ラルフが見送ってくれる。

 アルバートに抱っこされたまま、バイバイと手を振った。ラルフも振り返してくれる。


(案外、いいやつ)


 心の中で呟いた。基本的に、学園の生徒はお坊ちゃんお嬢ちゃんだ。金持ち喧嘩せずという言葉を思い出す。余裕のある人間は他人にも優しい。

 一旦、学園まで戻ってそこから転移陣でロイエンタール家の庭に飛んだ。

 さっさと家に帰りたい。


(結局、何だったのだろう?)


 途中から話に混じったボクはいまいち話の流れを理解できていなかった。詳しく聞きたかったが、問いかけるタイミングを掴めずにいる。人前では出来るだけ喋りたくなかった。どこで誰が見ているのかわからないので油断できない。

 屋敷に入ってからロイドに聞こうと思った。たぶん、あの中で一番状況を把握しているのはロイドだろう。

 だから、あんな提案を出したのだと考えた。

 だが、ボクの目論見は早々に崩れる。

 屋敷ではおじいちゃんが帰りを待っていた。呼び出しされたボクたちを心配して様子を見に来てくれたらしい。


「ノワール。大丈夫だったか?」


 出迎えて、最初にそう聞いた。孫よりボクの心配をしてくれる。


「にゃあ」


 ボクは返事をした。実際、何かされた訳ではない。


「よしよし。怖かっただろう?」


 おじいちゃんはアルバートからボクを受け取った。抱っこしてくれる。優しく背中を撫でせれた。


(いや、それほどでも……)


 心の中で呟く。

 フードの男達は謎の威圧感を纏っていたが、血なまぐさい匂いはしなかった。そのせいか、あまり危険だとは思わない。

 だが、平気だというのも可愛げがない気がした。

 とりあえず、怯える子猫を演出することにする。


「なーお、なーお」


 鳴いて、おじいちゃんに甘えた。そんなボクをおじいちゃんは満足そうに甘やかす。


「菓子を用意しておいた。一緒に食べよう」


 ボクを抱っこしたまま居間へ向かった。


(え?)


 ボクは振り返る。アルバートを見た。

 アルバートも戸惑った顔をしている。付いていくか迷っていた。


「アルバート」


 そこに呼ぶ声が響く。公爵が書斎から顔を出していた。来いというように、くいっと顎を動かす。

 アルバートはそちらに向かった。呼ばれてもいないのにロイドもついていく。そんなロイドにカールが、アルバートにルーベルトがついていく。

 今日のことを報告するのだろう。

 ボクはしれっとアルバートから引き離された。


(ボクだけ仲間はずれ)


 少しさみしく思った。だが、おじいちゃんの善意を無碍にも出来ない。


(今日は話を聞くのは無理かもしれない)


 なんとなくそう思った。

 そして予想通り、おじいちゃんは今夜は泊まると言い出す。

 アルバートに連れられてベッドに入るまで、ボクはおじいちゃんと一緒に居ることになった。






 翌日、朝食を食べるとおじいちゃんは帰って行った。引退しても暇ではない。名残惜しそうに、何度もボクを撫でていた。

 ボクもにこにこと愛想を降り続ける。


「お疲れさま」


 ルーベルトに労われた。


「にゃあ」


 本当だよ、とネコ語でボクはぼやく。

 そこに荷物が届いた。差出人のところには薔薇の紋章が押してある。薔薇の会かららしい。

 みんなが顔を見合わせた。

 とりあえず、開けてみることにする。中には首輪が一つ、入っていた。

 それだけで、手紙などはない。証拠として残りそうなものは何も入っていなかった。その首輪にはご丁寧に鈴までついている。ちなみに、首輪の材質は皮のようだ。色は赤で、チョーカーっぽく見えなくもない。


「これはなんだ?」


 カールが困惑を口にした。


「首輪だな」


 ロイドは答えて、ボクを見る。


「にゃ?(あ、やっぱり?)」


 ボクは苦く笑った。どうやら、ロイドの提案が採用されたらしい。


(この世界でもネコの首に鈴をつけるんだな)


 そんな暢気なことを考えていた。

 ロイドは首輪を手に取り、鑑定する。


「魔法具で間違いはない。魔石もついている」


 鈴が付いているのが表で、裏には魔石が埋め込まれてあった。


「こんなのつけて、問題無いのですか?」


 アルバートは不安そうにロイドに尋ねる。

 その心配はもっともだろう。ボクもちょっと怖い。

 ロイドはボクを見た。不安そうな顔をしていたのか、ロイドの手がよしよしとボクの頭を撫でる。


「大丈夫だ。使える魔力を制限するだけで、他には影響を与えない」


 自信たっぷりに言い切った。


「にゃんでそんなことがわかるの?」


 黙っているのが我慢できなくて、喋る。

 質問が返ってくるとは思わなかったのか、ロイドは少し驚いた顔をした。

 だが、この屋敷の使用人達はボクが喋れることをみんな知っている。隠す必要はなかった。


「これを作ったのは私だからだよ」


 ロイドは答える。


「……」


 なんとも微妙な空気が流れた。アルバートとルーベルトが目配せするのが見える。


(いろいろ聞きたいけど、聞いちゃダメな空気が流れている)


 そう思った。


「そもそも、薔薇の会は何がしたいの?」


 ボクは話題を変えた。ちょっと気を遣う。


「薔薇の会はロイエンタール家だけが力をつけることを危惧している」


 ロイドは説明した。


「それはノワールの存在もあるし、ルーベルトが精霊と契約したこともある」


 それを聞いて、ボクは内心、冷や汗をかく。


(それって、ほぼボクのせいだよね)


 迷惑を掛けているという後ろめたい気持ちが芽生えた。


「にゃあ……」


 申し訳ないと思って、アルバートを見る。


「いいんだよ。ノワールは悪くない」


 アルバートはボクを抱きしめてくれた。ボクはアルバートに甘える。

 だがほとんどボクのせいだという事実は消えたわけではない。


(首輪をつけて問題が解決するなら、つけよう)


 ちょっと怖いが、そう決める。ロイドが作った魔法具なら、万が一の時も大丈夫だろう。


「にゃあ……」


 ボクは首輪を手に取り、アルバートに差し出した。つけてくれと促す。


「つけていいのかい?」


 アルバートは聞いた。ボクの気持ちを気遣ってくれる。


「にゃあ」


 ボクは大きく頷いた。そもそもネコだから、首輪をつけていても可笑しくないだろう。


「わかった」


 アルバートはボクの首に首輪を嵌めた。すると勝手に首輪はジャストサイズで締まる。苦しくもない。

 少し動くと、チリンと可愛らしい鈴の音がする。


「思ったより、可愛い」


 アルバートが呟いた。ボクは鏡で首輪を確認する。赤いチョーカーをつけている感じで確かに似合っていた。ただし、全体的に色素が薄いので妙に目立つ。


(猫感が増したな)


 そう思った。 

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