10-7 駆け引き。
目を開けたらアルバートがいたので、抱っこを求めた。まだ眠くて、少しぐずりながら眠りに落ちる。
昨夜は遅くまで眠れなかった。アルバートが緊張して眠れないので、ボクも眠いのに眠れない。それは魂が繋がっているからなのか、それとも一緒のベッドで寝ているからなのか、どちらなのかはわからないけれど、明け方近くまで眠れなかったのは事実だ。
あの手この手でアルバートを癒やしてみたが、昨日はあまり効果が無い。お猫様なのに自分の無力さに、少々凹んだ。
そんなわけで、本日のボクはかなりおねむだ。
アルバートの腕の中で気持ち良く寝ていたのに、ロイドに起こされる。
ちょっとイラッとした。
不満を顕わにして唸ったら、呼ばれているのだとロイドに説明される。
(誰に?)
ちょっと寝ぼけていたボクは不思議に思った。自分がどこに何のためにいるのか、すっかり抜け落ちている。
きょとんとしたまま一呼吸おいて、ようやく意識が覚醒した。
(ああ。呼び出されているんだった)
思い出す。お留守番でなんとかなる話だとは思っていなかったが、やはりなんともならなかったらしい。
(そうか。自分で頑張るしかないのか)
精一杯、愛想をふってみようと思った。
猫のボクの売りは可愛さだ。それは人型になるとさらに磨きがかかる。自分でも鏡を見ると驚くレベルの愛らしさだ。
前世の人間の時にこの容姿が欲しかったと思わないではないが、可愛い子は可愛いなりに生きるのは大変な気がする。
世の中、ほどほどがきっと丁度いい。
でも今はめちゃくちゃ可愛いのだから、この可愛さ無双を利用しない理由は何もなかった。
(媚びを売ってすむ問題なら、いくらでも売ろう!!)
心に決める。可愛さはボクの武器だ。使って何がわるいと開き直る。
そんなボクをアルバートはぎゅうっと抱きしめた。
(ちょっと苦しい)
そう思ったが、逃げない。むしろアルバートにぎゅっとしがみついた。チュッと頬にキスされる。アルバートが自分に気合いを入れたのがわかった。
(頑張る顔をしている)
ボクは心の中でくすっと笑る。
「なーお」
ボクは甘えて、アルバートにすりすりした。
部屋の中にいたのは3人のフードを深く被って顔が見えない男達だった。
1人がソファに座り、もう1人が窓際に。残り1人は壁に凭れている。横一列に並んで座っているより、威圧感がある。それはいつでも動けるぞアピールに見えた。
(窓際の人から部屋に残っていた匂いがする)
全員同じように見えるが、ボクには違いが匂いでわかる。部屋の中に彼の匂いが残っていた。呼びに来たというのはおそらくこの人だろう。
(たぶんこの人、ボクのこと好き)
根拠のない確信を抱いた。下僕っぽい匂いがする。
(でも一番偉いのはこっちの人)
ボクはソファに座っている人を見た。この人はちょっと読めない。
アルバートはボクを抱っこしたまま、ソファに座った。フードの男と向かい合う。
顔は見えないのに、彼がじっとこちらを観察しているのは気配で伝わってきた。
「にゃあ?」
ボクは可愛らしく首を傾げる。
「にゃあにゃあ」
鳴いた。
とりあえずは、猫の言葉しかしゃべれないよという体で乗り切ろうと思った。下手に喋ってしまったら、いろいろ聞かれて面倒なことになるだろう。
(対外的に、ネコ語しか喋れませんってことにしておいて正解だった)
過去の自分を褒めたい気分になる。ただ単に、いろいろ聞かれるのが面倒だっただけなのだが。
「なるほど、これがネコか」
目の前の彼が口を開いた。声は低めだが、思ったよりずっと柔らかい感じがする。あまり怖い感じはしないが、その予感が正しいのかはいまいち自信がなかった。
(そもそも、ボクの何が問題なのだろう?)
根本的なことがわかっていないことに気付く。だが、それをボクの口からは聞けなかった。
(とりあえず、ボクがただの可愛いだけのネコというのを伝えておこう)
方針を決め、それにそってボクは行動した。
「にゃあ、うにゃあ、にゃにゃあ?」
おしゃべりで可愛いネコちゃんを演じる。
(無害な可愛いだけのネコですよ~。スライムとかよりずっと害はないですって)
スライムがいるかどうかわからないが、定番の下級モンスターを引き合いに出した。
愛想をふりながら、しれっとフードの中の顔を覗き込んでみる。
(げっ)
見えたものにぎょっとした。髪は黒く、顔も墨か煤で覆われたように真っ黒だった。そういう隠密系の魔法がかけてあるらしい。普通より良く見えるはずのボクの目で見えないくらいだから、相当の術だろう。
(フードで顔を隠すなんて、心許ないと思っていたらそういうことか)
納得する。フードなんて、顔を隠すにはあまりにちゃちだ。その気になれば風魔法でだって外すことが出来る。だがそんなことをしても無駄なのだ。魔法で顔が見えないように隠している。
(そこまでして顔を隠す理由は何なのだろう?)
気になったが、知りすぎるのはたぶん良くないだろう。今は余計なことを考えず、可愛さだけアピールすることにした。
「なるほど、確かにネコだな」
そんなことを言われる。
(そうそう。ただのネコ!!)
「にゃあ」
賛同を鳴き声で示した。
「獣人とは違うが、珍しさではそれ以上か?」
彼の言葉はこちらに向けられたものではなかった。仲間達に問いかけている。
嫌な予感がした。そう感じたのはボクだけではないらしい。
「確かにちっょと毛色の変わった使い魔ですが、可愛いだけのネコです」
取り上げないでくれとアルバートは頼む。
「アルバートがノワールを使い魔とすることに、どんな問題があるのでしょう?」
ロイドが尋ねた。
「問題か」
フードの男はふっと笑う。顔は見えないのに、笑ったのは不思議とわかった。本当は見えているのに、見えていないと錯覚する認識関係に作用する魔法なのかもしれない。
「そのネコは力を持ちすぎている。いくら四大公爵家といえど、超えてはいけないラインがあるのはわかるだろう?」
男はロイドに答えた。
「では、魔力制限を掛ければ問題はないのではないですか?」
ロイドは提案する。
「一定以上の魔力を使用できないように制限をかける魔法具がありますよね?」
尋ねた。そういうものがあることを知っている口ぶりだ。
「……」
フードの男達は答えない。その沈黙が何を意味するのかは微妙だ。
「魔力を全て封じられるのは困ります。見たとおり、ノワールは見た目も美しい。魔力があろうとなかろうと、欲しがる連中は少なくないでしょう。その際、逃げられないのは困ります。だから、護身に必要な程度の魔力は使えて、けれどそれ以上の魔力は使えない。そのくらいの微調整は可能なはずです」
ロイドは言葉を続けた。真っ直ぐ、ソファに座るフードの男を見る。
「……一考しよう」
男は答えた。
ロイドはほっと息を吐く。
「そのネコの件が片付いたら、妖精の件は不問に付してもいい」
ふと、男はそんなことを口にした。問題はそれだけで無いことを忘れるなと釘を打つようなタイミングで、さすがのロイドも苦笑する。
「わかっています」
一言、そう言った。
結局、それでその日の面談は終わった。結果は後日知らせるという、採用試験みたいなことを言われる。
グレーな感じだが、とりあえず乗り切ったことにみんながほっとした。
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