10-6 ちょっとした嘘と大きな真実(後編)





 玄関脇の部屋と言われて、アルバートたちは玄関の方へ戻った。

 そこにはラルフがノワールと一緒に居る。

 ラルフはソファに座っていた。膝にノワールを抱っこしている。ノワールは小さな身体を丸めるようにして、ラルフに抱きしめられていた。すやすやと安心したように眠っている。

 暢気なその姿に、ほっこりした。どこかぴりついていた空気が和らぐ。


「大物だな」


 ロイドは笑った。平和そうな寝顔を覗き込む。

 睫が長いのが目を引く。色のついた瞳が閉じているので、いつも以上に真っ白に見えた。


 自分のことで呼び出されたことは十分承知しているだろうに、ノワールはいつもと変わりなかった。あえて、そうしているのかもしれない。


「昨夜、遅かったから寝不足なのだろう」


 アルバートは苦笑した。昨夜、緊張して眠れない自分にノワールはずっと付き合ってくれた。

 すりすりしたりキスしてくれたり、いろいろと可愛いことを沢山して貰ったことを思い出す。顔がにやけた。

 張り詰めていた気持ちがふっと楽になる。

 よしよしとノワールの頭を撫でた。


「にゃ?」


 ノワールが目を覚ます。

 色の違う瞳が開かれた。真っ直ぐにアルバートを見つめる。


(宝石のようだ)


 アルバートは思わず、その瞳を覗き込んだ。吸い込まれそうだと思う。


「にゃあ」


 ノワールは甘えるように、手を広げた。

 抱っこしろと強請る。


「はいはい」


 アルバートは嬉しそうに、ノワールを抱っこした。そのまま自分もラルフの隣に座る。自分の膝にノワールを座らせ、抱きしめた。癒やされる。


「にゃあにゃあ」


 眠いからか、ノワールはぐずった。文句を言うように唸る。アルバートの肩口に顔を埋めてぐりぐりした。

 そんなノワールにアルバートはメロメロになる。


「眠かったら、寝ていいよ」


 ボンポンとノワールの背中を優しく叩いた。


「にゃうぅぅぅ~」


 変な声で鳴き、ノワールは動かなくなる。眠ってしまった。

 それを羨ましそうにロイドは眺める。


「はあ……。ノワールが欲しい」


 真顔でぼやいた。まんざら冗談でもない気配が漂っている。


「上げませんよ」


 アルバートは首を横に振った。ノワールをぎゅっと抱きしめる。


「んにゃっ」


 ノワールは身じろいだ。


「ああ、ごめん」


 アルバートは謝る。もぞもぞとノワールは動いて、自分で居心地のいい場所を探した。


「とりあげたりしないから安心しろ」


 ロイドは苦笑する。アルバートに睨まれて、肩を竦めた。


 そんな穏やかなやりとりを見て、ラルフは安堵する。いつも通りだと安心した。ラルフはラルフなりに心配している。

 だが、呼び出しがどんな内容かは知らなかった。そういうのは関係者以外には知らされない。


「話は終わったのですか?」


 ロイドに聞いた。


「いや……」


 ロイドは苦笑する。


「いろいろ想定外らしい。相談したいようだ」


 答えた。


「そうですか」


 ラルフは頷く。それ以上は何も言わなかった。聞きもしない。

 それがラルフの気遣いなのはみんなわかっていた。


「お茶でもいれますか?」


 ラルフは立ち上がる。


「ああ、頼む」


 カールが返事をした。






 お茶を飲んでまったりしていると、呼び出しが掛った。

 目深にフードを被った男が直接、呼びに来る。顔が見えないのでどの人かわからなかったが、とりあえずソファに座っていた人ではないらしい。声が違った。

 あの中では、ソファに座っていた男が一番偉いのかもしれない。

 呼びに来た彼は、アルバートが抱きしめているノワールに目を止めた。そのまま部屋の中に入ってくる。ノワールに近づいた。

 思わず、アルバートは隠すようにノワールを包み込む。だが子供とはいえ、隠せるものではなかった。


「これが例のか」


 フード男はノワールに顔を近づける。まじまじとノワールを見た。

 ノワールの耳はぴくぴく動いている。


「ちょうどいい」


 独り言のように呟いた。

 顔が見えないのに、笑っているように感じる。


「一緒に連れてくるように」


 そう言い残し、返事も聞かずに戻っていった。反論は受け付けないという態度を見せる。


「……」


 アルバートは渋い顔をした。


「ノワールを出さずに終わればと思ったが、そう上手くはいかないか」


 ロイドはため息を吐く。


「ノワール、起きなさい」


 寝ているノワールを揺り起こした。


「んにゃあ~」


 起こされて、不満な声をノワールは上げる。ロイドを見た。


「薔薇の会が会いたいそうだ」


 ロイドは告げる。


「んにゃ?」


 ノワールはきょとんとした。一拍おいて、ああという顔をする。寝ぼけていた意識が覚醒したらしい。


「にゃあ」


 わかったと言いたげな返事をした。


「じゃあ、行こう」


 アルバートはノワールを抱っこしたまま立ち上がる。

 ノワールはぎゅっとアルバートの首にしがみついた。一緒に彼らが待つ部屋に向かう。

 アルバートはそんなノワールの頬にチュッとキスをした。自分に気合いを入れる。

 ノワールはにゃあと愛らしく一声、鳴いた。

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