10-5 ちょっとした嘘と大きな真実(前編)




 屋敷の奥へ向かうのはなんとも気が重かった。

 アルバートの顔は常になく緊張している。


「大丈夫?」


 心配したルーベルトがその肩に手を置いた。


「ああ」


 アルバートは頷く。だがその表情は暗いままだ。

 それを見たロイドは小さく笑う。


「そこまで心配しなくていい。基本的に、薔薇の会は四大公爵家の味方だ」


 励ました。

 薔薇の会の役目は貴族の中でも絶大な力を持つ四大公爵家の監視と保護だ。力を付けすぎるのは警戒するが、衰退しそうな時も手を貸す。どちらかといえば味方という意味合いが強かった。


「ノワールのことでないなら、緊張なんてしない」


 アルバートは苦笑する。他のことなら何でも平気だ。だが、ノワールのことではアルバートは必要以上に過敏になる。万が一にも、取り上げられたくなかった。

 ちなみカードには用件は書いてない。ノワールの件で呼び出されたとは限らなかった。しかし、それ以外に呼び出しを受ける心当たりがアルバートにはない。


「何にせよ、相手の話を聞くしかないだろう」


 カールはアルバートを宥めた。

 確かにその通りだろう。こんなところでぐじぐじ悩んでいる場合ではない。だが、気の重さが足取りも重くした。


「ノワールはただの可愛いネコなのに」


 アルバートはぼやく。


(可愛いことは同意するが、タダのでは決してない)


 ロイドは心の中で突っ込んだ。







 突き当たりの部屋のドアをアルバートはノックした。


「どうぞ」


 返事が返ってくる。

 一つ息を吐き出し、アルバートは覚悟を決めた。ドアを開け、部屋の中に入る。

 中にいたのは3人だ。

 1人はソファに座り、1人は窓際に立っていて、1人は入り口近くの壁に寄りかかっている。

 3人ともフード付きの外套を羽織り、顔は陰になって見えなかった。

 不気味さに、アルバートは身構える。

 だがロイドは平然としていた。それが薔薇の会のマストであることを知っている。薔薇の会のメンバーは決して、素顔を晒さない。


「こちらへどうぞ」


 口を開いたのはソファに座る男だ。自分の目の前のソファを指し示す。

 アルバートはちらりとロイドを見た。

 ロイドは無言で頷く。

 アルバートはゆっくり進んだ。ソファに座る。その隣にはロイドが座った。ルーベルトとカールはソファの後ろに立つ。


「さて、何の用で呼び出されたのかはわかっておいでかな?」


 男が尋ねた。口調は穏やかで、言い回しに年齢を感じる。少なくとも父よりは年上だろうと、アルバートは踏んだ。


「私の連れているノワールのことでしょうか?」


 質問に質問で返す。


「左様」


 肯定が返ってきた。


「率直に尋ねましょう。アレは何ですか?」


 男の口調は物静かなのに、逆らってはいけない圧を感じさせた。


「……」


 アルバートは迷う。どう答えるのが正解なのか、咄嗟に判断できなかった。

 だが、嘘を吐くのは不味いだろう。本当の獣人を知っている人から見れば、ノワールが獣人ではないことはバレバレだ。一目で気付くとまで言われたら、嘘なんてつけるわけがない。


「ただのネコです」


 アルバートは答えた。


「はははっ」


 思わずという感じで、目の前の男は笑う。


「あれがダダの?」


 ロイドと同じところを突っ込んだ。


「そう言われても、ネコはネコだとしか答えようがない。もっとはっきり言えば、オッド・アイの白猫です」


 アルバートはよどみなく言葉を口にする。自分がひどく冷静なことを不思議に思った。


「……」

「……」

「……」


 不自然な沈黙が薔薇の会の3人の中に流れる。


「では、ただのネコを獣人とした理由は?」


 ソファの男は問うた。


「それは……」


 アルバートは正直に話す。ノワールが魔法を習いたいと言ったのが発端だと打ち明けた。


「タダのネコが魔法を習いたいと言いますかね?」


 ソファの男は懐疑的な言葉を口にする。


「疑われても、それが真実です。それ以外の返答は出来ません」


 アルバートは首を横に振った。


「疑ってなんていませんよ。嘘をつくなら、もっとましな嘘を吐くでしょう。信じてもらえそうにない話をしても、意味がない」


 男はフードを被った顔を真っ直ぐ、アルバートに向ける。じっと見られているのは顔が見えなくてもわかった。


「話はそれだけですか?」


 アルバートは尋ねる。真っ直ぐ、男を正面から見返した。


「いや」


 男は首を横に振る。


「もう一つ、聞かなければいけないことがある」


 その言葉に、アルバートだけではなく、全員がドキッとした。ノワール以外、呼び出される理由が思いつかない。


「ルーベルト」


 名前を呼ばれて、ルーベルトはっとした。困惑に顔を歪める。


「……はい」


 とりあえず、返事をした。


「妖精と契約したそうだな?」


 男は問う。


(その話か)


 内心、ルーベルトはそう思った。


「はい」


 もう一度、今度は肯定の意味で返事する。


「経緯を聞かせてもらおう」


 男はルーベルトを見た。


「それは私が」


 ロイドがそれに割って入る。


「それが起ったのは授業中で、私は責任者としてその場で監督していました」


 自分がそれを説明するべきだと、主張した。

 妖精と契約したのがアルバートであれば、薔薇の会はなんとしても本人の口から話を聞きたがっただろう。だが、契約したのは庶子のルーベルトだ。嫡男であるアルバートとは重要度が異なる。


「よかろう」


 男は納得した。

 ロイドは上手に、所々嘘を交えて、当たり障りが少ない言い方で説明する。同じ内容を話すにしても、言い回しで印象はだいぶ変わった。妖精がお菓子を求めて契約を望んだと聞いて、男は呆れる。


「それは本当のことなのか?」


 疑った。


「本当です」


 ルーベルトは答える。

 今でも週に一度、お菓子をねだりに妖精はやってきた。だが、見返りに何かしてくれる訳ではない。


「さてさて。なんとも面妖な」


 男も困った。ちらりと仲間を見る。ネコの件はともかく、妖精の件はいろいろ想定外だ。


「少し話し合うので、貴殿らは玄関脇の部屋で待たれるがいい」


 アルバート達に別の部屋に移動するように言う。

 断わる理由なんてあるはずがなく、4人は素直に部屋を出た。

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