4-5 個人教官室
教室に戻ってきたアルバートの様子は少し可笑しかった。
何か言いたげな顔をしている。
猫じゃらしのようなものを持っているのも気になった。だが、尋ねる時間はない。
次の授業はすぐに始まろうとしていた。
そのまま放課後まで、説明らしい説明は何もない。
(何かが可笑しい)
そう思ったが、教室では問い詰めることが出来ない。
ここでは『にゃあ』としかしゃべれない事になっていた。迂闊に話して、今後の生活を面倒にするつもりはさらさらない。
(聞きたい。でも、聞けない)
ジレンマに陥る。放課後までの時間が長く感じられた。
「帰るよ、ノワール」
アルバートの声に『にゃあ』と返事をする。
(やっとか)
そう思った。いつものように抱っこされる。ルーベルトは猫じゃらしが見えている奇妙な袋を抱えていた。
抱っこは楽だが、あまりに歩かないので足が退化しそうで不安になる。自分で普通に歩きたかった。
そんなことを考えていると、アルバートが向かっている先が寮ではない事に気づく。方向が違っていた。
「にゃあ?」
どこに行くのか尋ねた。
ネコ語は通じなくても、状況的に何を問いたいのかは伝わっているだろう。だが、アルバートは応えない。故意に無視していると感じた。
(嫌な予感しかしない)
ボクはアルバートの腕の中で暴れる。逃げだそうとした。
だが、アルバートに逃がすつもりはもちろんない。逆にがっつり押さえ込まれてしまった。
「にゃあにゃあ」
文句を言いながら、アルバートの首筋にがぶがぶと噛みつく。
「後で説明するから」
困ったように囁いたのはルーベルトだ。よしよしと宥めるように頭を撫でられる。
「……」
その顔をじっと見た。騙そうとしている感じはない。
とりあえず、噛みつくのは止めた。
アルバートはほっと息を吐く。
「実は、ロイド先生の個人教官室に出入りできる招待状を貰った。勝手に部屋を漁って調べてもかまわないと言われたので、そうしようと思う」
手短に説明した。
(どういう経緯でそんな話が出たのだろう?)
とても気になった。疑問しかないが、ここでそれは問えない。
(しゃべりたい)
うずうずした。
だが、調べていいというならボクも調べたい。もっとも、本人がそう言うということはたいしたものは置いていないのだろう。
それでも、背筋がぞわぞわする正体は掴めるかもしれないと思った。
教官は個室が一人に一部屋与えられていた。
普段は職員室のように、大きな部屋に大勢の教官が集まっている。だが、放課後になると教官達は自分の教官室にいることが多かった。
私物を持ち込み、研究やその他に好きに使っているらしい。普段は施錠してあって、生徒は勝手には入れない用になっている。そのため、魔法のアイテムなどを置いている教官もいるようだ。
アルバートはトントントンとドアをノックする。
返事はなく、ドアを触っても開かなかった。留守らしい。
アルバートは招待状を取り出した。
だがぱっと見、それを宛がう場所はない。
どうすればいいのかわからなくて、迷う顔をした。
「にゃあ」
貸してと、ボクは手を差し出す。
「……」
微妙な顔で、アルバートはカードをくれた。
とても不安そうな顔をしているのが失礼すぎる。
(そんなに心配しなくても、変なことなんてしないのに)
心の中で文句を言いつつ、ボクはそのカードをドアの魔方陣の真ん中に押し当てた。
ドアには魔方陣が書いてあった。
たぶん、他の人には見えていないのだろう。しかしボクには見えていた。
その魔方陣は真ん中に四角い空白がある。
それはちょうど、アルバートが持っていた招待状と同じサイズだ。
そしてその招待状にも、魔力で何か書いてあるのが見える。
(たぶん、この空白にカードを置けばいいんだろうな)
そう考えて、宛がった。
「……」
しかし、変化は起らない。
(違う。方向を間違えた)
ドアの魔方陣とカードに書いてあるものが噛み合っていないこみとに気づいた。カードをくるりと180度回転させて、パズルのように文字が合うようにする。
ピカッ。
瞬間、ドアが光った。
ウィン。
そんな音が聞こえる。
ドアが横にスライドした。まるで自動ドアのように開く。
「にゃ」
急に開いたので、ボクはびっくりした。
アルバートを振り返る。
「!!」
アルバートは目を丸くしていた。
「横に開いた」
そう呟く。
(え? 食いつくのはそこ?)
ボクは心の中で突っ込んだ。
自動で開いたところとか、もっと他にいろいろあったと思う。だが、そんなことに構っている暇はない。
「にゃあ」
ボクは部屋の中を指さす。すすめと指し示した。
漁るなら、時間はいくらでも欲しい。
「ああ、そうだな」
アルバートははっと我に返った顔をした。
アルバートとルーベルトが部屋に入ると、ドアがシュッと閉まる。
まんま自動ドアだ。
(ロイド先生って転生者とかかな?)
自分と同じ知識を持っている気がして、ボクは気になった。それなら、警戒したくなる理由も納得出来る。
だが、自動ドアくらいは前世の知識がなくても作るのは可能な気がする。なんせここはたいていの事が出来る魔法の世界だ。
「降ろして」
ドアが閉まったので、安心してボクは言葉を発した。
「ああ」
アルバートは降ろしてくれる。
「何故、カードをあそこに置くのだとわかったのかな?」
ルーベルトに問われた。
「魔法陣が貼ってあった」
ボクは答える。
予想していたらしく、ルーベルトは驚きはしなかった。
「もしかしたら、私達は試されたのかもしれないね」
呟く。
なんとも渋い顔をした。
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