14-3 プレゼン。




 馬車を降りる時、ロイドはボクを抱っこした。


「にゃー」


 ニヤニヤ笑っているのが気持ち悪いと、ボクはロイドの顔を掌で押す。強制的に向こうを向かせた。


「ノワールは私の扱い、雑だよね」


 ロイドはぼやく。


(下僕だからね!!)


 ボクは心の中でその言葉に同意した。ぴくぴくと嬉しそうに耳が動く。


「可愛いから、叱れない」


 ロイドは苦悩を顔に浮かべた。いつの間にか、こちらを見ている。

 そんなボクたちのやりとりを衛兵達も見ていた。視線を感じてそちらを見ると、露骨に目を逸らされる。


(いやいや。バレバレだから)


 見てませんって顔をされても……と思ったが、そんなのはもちろん口には出さなかった。そもそも、喋れない設定になっているので、口には出せないのだけれど。


 週末ごと、ミリアナに呼ばれるボクは今、王宮ではちょっとした有名人のようだ。偶然を装って、いろんな人が見に来る。廊下でも沢山の人とすれ違った。


「人気者だな」


 ロイドは苦笑する。彼らがボクを見に来ているのはばればれだ。普段、王宮の廊下は人通りが少なくしんとしているものらしい。


「にゃあ」


 まあねとボクは返事した。






 ボクは打ち合わせに行くために、資料を作った。それを元に、プレゼンする気満々でいる。

 王子サイドの人間との打ち合わせすることになっていたが、その前にミリアナのところに寄った。


「まあ、ノワール。今日は一段と可愛いわね」


 賛辞を受けて、ボクはふふんと胸を張る。確かに今日、ボクの髪型はいつも以上に気合いが入っていた。アルバートの力作だ。

 前世の彼の実家は美容室だった。彼自身、跡継いで美容師になるかサラリーマンになるか迷っていた。結果的に大学に行ってサラリーマンになったが、人の髪を弄るのが好きな人だったので、本当は美容師になりたかったのかもしれない。前世を思い出した後は、アルバートも人の髪を弄るのが好きになったようだ。置いて行かれるストレスをボクの髪で発散したらしい。

 一通りの賞賛を聞いて満足したボクはさっそく本題に入った。

 今回の企画の要点を纏めた資料をミリアナに見せる。プレゼン資料はミリアナ用だ。味方に付けるなら、王子よりミリアナの方だろう。


 資料のポイントは3つあった。


 一つ目は、ネコネコカフェ滞在中はネコになりきり、可愛く過ごす事。そのため、ネコミミカチューシャを付けて言葉遣いも語尾に「にゃん」を付ける。


 二つ目、いかなる場合も魔法を使って争わないこと。そのために、魔力の使用を制限する首輪を一時的に付ける。


 三つ目、仲良くなるために王子サイドの人間と王女サイドの人間は一対一でペアを組み、手を握るもしくは手錠で互いの手を繋ぐこと。


 にこにこと資料を差し出すと、読んだミリアナは呆れた顔をした。


「一つ目はまあいいとして。二つ目と三つ目は何?」


 困惑される。

 ボクは筆談でそれに答えた。三つ目を行った結果、二つ目が必要になることを伝える。


「それはまあ、そうだと思うけど……」


 ミリアナは苦く笑った。


「なんでこんなことするの?」


 確認される。当然の質問をされた。そう聞かれるのは想定して、用意している。


「にゃあ」


 ボクは絵本のようなものを差し出した。それに見覚えがあるロイドはぎょっとした顔でボクを見る。

 ボクは頷いた。当たりという顔をする。


「……」


 ロイドはなんとも微妙な表情を浮かべた。

 ミリアナに渡したのはボクがロイド達に説明するために作った、絵本風の王子と王女を仲良くさせたい理由の物語だ。


「?」


 ミリアナは訝しい顔をしながら、それを読む。すぐに、登場人物が誰なのか察したようだ。

 ちらりとボクを見る。

 ボクはにこっと微笑んだ。

 そんなミリアナをロイドは青ざめた顔で見ている。機嫌を損ねるのを心配していた。


(ロイドも普通の反応をするんだな)


 少し意外に思う。王族にどう思われても平気なタイプだと思っていた。


「……わたしと弟が仲違いしたままでは、いずれみんなに迷惑がかかると言いたいのですか?」


 静かな声でミリアナは尋ねる。

 それがどんな感情で問う言葉なのか、表情からも態度からも読み取れなかった。さすが王族だ。完璧なポーカーフェイスに感心する。


「にゃあ」


 ボクは鳴き声で肯定した。


「……」


 ロイドは黙っている。巻き込まれるのを回避したいようだ。


「……」


 ミリアナは暫く黙り込む。

 ボクもロイドも何も言わなかった。


「ノワールの気持ちは理解しました」


 ミリアナはただそう言う。どういう意味なのかは、漠然としすぎていてわからない。


「わたしも、自分たちのためにあなたたちに迷惑をかけるのは本意ではありません」


 そう言って、首を横に振った。


「上手くいくかはわかりませんが、この程度の協力ならいたしましょう」


 ボクのプレゼン資料を持ち上げる。

 予想外に前向きな言葉が返ってきて、ボクは驚いた。上手くいったとしても勝手にしろ程度だろうと思っていた。

 そしてそれはロイドも同じらしい。


「大人になったのですね」


 感慨深そうに呟いた。


「あれから何年経ったと思っているんですか」


 ミリアナは苦笑する。


「まあ、大人になるのにこんなに時間がかかってしまったことは、褒められることではありませんが」


 反省を口にした。

 それがどういう意味なのか、ボクもロイドもわかったが、それには触れない。

 彼女にとって、父王の再婚はそれほどまでに彼女を傷つけるものであったのだろう。


(何が重いことなのかは人によって違う。他人にとっては些細なことでも、本人にはとても重大なことかもしれない。傷が浅いか深いかなんて、本人にしかわからないのだ)


 しみじみとそう思った。

 だがそんな感慨はともかく、プレゼンは成功だったらしい。

 ボクとロイドは王女の部屋を辞して、王子の側近との打ち合わせに向かった。

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