13-9 料理男子。




 焼きたてスコーンを手に持ったカールには独特な威圧感があった。


「……」

「……」

「……」


 不自然な沈黙がその場に流れる。

 アルバート達もボクも固まった。


(えっ?! どういうこと?)


 心の中で叫ぶ。

 まず、あんな場所にドアがあるなんて、ボクは知らなかった。まるで隠すようにドアが作られてある。よくよく見れば気づくかもしれないが、普通に見るだけなら確実に見落とすだろう。

 開いたドアからは隣の部屋の様子が見えた。そこはどうみてもキッチンだ。いい匂いが漂ってくる。


(突っ込みどころが多すぎる)


 ボクは心の中でぼやいた。

 そもそも教官室に何故、キッチンがついているのだろう。お茶を淹れる給湯室くらいならあってもまあおかしくは無いが、見た感じごく普通に料理が出来るキッチンだ。石窯まである。スコーンはそこで焼いていたようだ。


(自動ドアといい、キッチンといい、自由すぎない?)


 ロイドが何者なのか、気になってしまう。

 そして、スコーンを焼いたのは、状況的にカールで間違いないようだ。


(カールは実は料理男子だったのか)


 予想外の事実に、戸惑う。納得しようとするが、脳が拒否した。スコーンを持つカールには違和感しか無い。


(いやいやいや。カールが料理男子ってのは無理があるでしょ?)


 凄く失礼だが、突っ込みたくてしかたなかった。


 カールは固まったボク達を見て、困った顔をする。自分が菓子を作ることへの違和感はわかっているようだ。なんて声を掛けるべきなのか迷っている。


「にゃあ」


 どうにも気まずい空気に負けて、ボクは一声鳴いた。ここは愛らしいおネコ様の出番だろう。場を和ませようとした。

 その声にアルバートはハッとする。固まっている場合ではないと思ったようだ。


「そのスコーン、カール先生が焼いたんですか?」


 みんなが気になっていたことを聞いてくれる。


「ああ」


 カールは頷いた。照れ臭そうな顔をする。


「ストレスが溜まると、お菓子を作りたくなるんだよ」


 ため息を吐いた。

 意外な告白だが、なんとなく気持ちはわかる。全く関係ないことに集中したくなるのは、もっともだ。

 なるほどと納得したが、それはボクたちがストレスをかけているということでもある。申し訳なく思った。


「にゃあ」


 なんかすみませんと謝る。たぶん、伝わっていないだろうけれど。

 そして物凄く良い匂いがするので、カールにくっつきたくなった。カールからはお菓子の甘い匂いがする。


「にゃあにゃあ」


 抱っこしてくれと手を広げたら、苦笑いされた。


「え? もうサービスタイム終了なの?」


 ロイドには寂しい顔をされる。


「にゃあ」


 終わりだと、いい笑顔で返事をした。


「くっ。可愛ければ何でも許されると思っているだろう?」


 毒づきながら、ロイドは許してくれる。

 カールは焼きたてスコーンの追加をテーブルに置くと、ボクを抱っこしてくれた。自分はロイドの隣に座る。

 ボクはロールの肩口に顔を埋めた。くんくんと匂いを嗅ぐ。


(美味しそう)


 甘くて良い匂いにうっとりした。あむあむと噛みつく。もちろん、甘噛みだ。


「こらこら」


 意外と痛いようで、カールに止められる。代わりに頭をたくさん撫でられた。


「にゃーん」


 気持ち良くなってゴロゴロすると、今度は顎の下をくすぐられる。

 はにゃーんとなって、身体から力が抜けた。カールは意外とあやし上手だ。


「教官室にキッチンがついているのって普通ですか?」


 気になったようで、ルーベルトが尋ねる。


「いや、それは……」


 ロイドは返答に詰まった。


「ロイドはある程度、校舎を改築してもいいんだよ」


 代わりに、カールが答える。


「にゃあ?」


 何でと、聞いた。伝わるとは思わなかったが、伝わったらしい。


「学園の所有者がロイドだから」


 カールは予想もしないことを口にした。みんながきょとんとした顔をする。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げた。

 意味がわからず、ロイドを見る。


「土地と建物を貰っただけだよ。だから、多少の無理は通る」


 ロイドは説明した。

 その顔は少なからず、気まずそうだ。あまり言いたい話ではないっぽい。


(何をすれば、学園の土地や建物を貰えたりするんだろう?)


 不思議に思った。だが、聞いて良いのかわからない。返ってくる答えが洒落にならない気がした。


(大人だから、いろいろあるのは当然)


 ボクはそう考える事にする。深く追求するのは避け、無理矢理折り合いを付けた。


(それよりも……)


 ボクはじっとカールを見る。


「何?」


 カールもボクを見た。


「カールが作ったお菓子で王子も王女も呼んで、みんなでパーティしたいにゃ」


 ボクは提案する。可愛らしく、語尾にはにゃあをつけてみた。


「えっ……」


 カールは何故か、絶句する。


「?」


 そんな顔をされる理由がボクにはわからなかった。


「ノワール。普通、貴族は料理を作ったりしないんだ」


 アルバートが教えてくれる。料理とは料理人が作るもので、貴族本人が厨房に立つことは忌避されるらしい。


「にゃんで?」


 自分の食べるものくらい、自分で作ったって罰は当たらないだろうとボクは思った。


「プライドの問題だ」


 アルバートは苦く笑う。

 自分で厨房に立つということは、料理人も雇えないということを意味するらしい。


(バカバカしい)


 ボクはそう思った。

 それと同時に、どうしてここにキッチンがあるのかを理解した。カールのためなのだろう。ロイドはカールが自由に使える厨房を誰にも見つからないように作ってあげたようだ。


(仲良しだな)


 そう思って、ニマニマする。微笑ましかった。


「突然、どうした?」


 笑うボクをカールは警戒する。気味が悪そうに見た。

 その予感はあながち、外れていない。

 ボクは今、お菓子パーティ計画を頭の中で錬っていた。王子をおびき出すには、ロイドの手作りお菓子は欠かせない。作って貰うことを諦めてはいなかった。

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