閑話: お楽しみの時間





 月に一度、アルバートにはお楽しみの時間がある。その日は、朝からアルバートのテンションは高かった。

 そしてそんな主人の様子を敏感に察したノワールは、ネコに戻って部屋のどこかに隠れてしまう。

 朝から姿を現わさなかった。

 アルバートは昼まで待つ。だが、ご飯を食べに出てくることもないノワールにアルバートは焦れた。


「ノワール。出ておいで~」


 ブラシを片手に、寮の部屋をうろうろし始めた。ノワールが隠れそうな場所を見て回る。


 月の最初の休日は、ノワールのグルーミングの日だ。ノワールが自分で毛繕いして毛を飲み込むのを回避するため、アルバートが丁寧にブラッシングをしていた。

 アルバートにとっては思う存分、子猫のノワールの身体をいじり回せる日なのでとても楽しい。

 だが、いじり回される方は堪ったものではないようだ。ノワールはいつも逃げ出す。


「毎回思うんだけど……。嫌がるのを無理にするのってどうなの?」


 ルーベルトは素朴な疑問を口にした。

 ネコにとって、グルーミングが必要不可欠なものであることは理解している。だが、ノワールは普通のネコでは無い。ほとんどの時間を人の姿で過ごし、ネコとして過ごす時間は極端に少なかった。そんなノワールに、グルーミングが必要なのかは謎が残る。


「やっても支障は出ないけど、やらなければ支障が出るかもしれない。本当に必要なのかどうかは別にして、ノワールにとって良くないことが起こる可能性があるなら、例えそれが僅かでも排除したい」


 アルバートは真顔で説明した。


「そうか。余計なことを言って、ごめん」


 ルーベルトは謝る。なんだかんだいって、弟には甘い。

 アルバートは昔から、お兄ちゃん大好きっ子だ。懐いてくるアルバートが、ルーベルトも可愛い。だが、あまりに好かれすぎて心配でもあった。兄離れしたのは良いことだが、ネコが大好き過ぎるアルバートもそれはそれで心配になる。

 ノワールのためならなんだってしそうだ。それくらい、メロメロになっている。


(ロイエンタール家は大丈夫だろうか)


 少し不安だ。正直、一族のことはどうでもいい。しかし父やアルバートが困る事態は回避したかった。

 せめて自分がしっかりしようと心に誓う。


「ノワール~。出て来たら、美味しいお菓子をあげるよ~」


 アルバートはわかりやすく、餌で釣った。


(そろそろ出て来るかな)


 ルーベルトはそんなことを考えながら、辺りを見回す。

 ノワールは賢い子だ。グルーミングが自分のためだということはわかっている。それでも一度は逃げるのは、いじり回されるのは好きではないというアピールだ。

 だがそれはあまりアルバートには伝わっていない。


「ノワール~」


 呼び続けるアルバートに、根負けしたようにノワールは隠れていた隙間から出て来た。


「……にゃあ」


 渋々という感じで、ここにいると知らせる。


「ノワール!!」


 アルバートは飛んでいった。優しく抱上げる。

 全く大きくなっていないように見えるノワールは子猫のままだ。とても小さくて軽い。両の掌に包み込めそうだ。

 アルバートは取り扱いにとても気を遣う。


「よしよし。良い子だね」


 ノワールにちゅっとキスをしようとした。顔を近づける。


「にやっ」


 ノワールは前足で、近づいてくる唇をブロックした。爪は出さず、肉球で押し返す。


「肉球も可愛い」


 そんなことを言って、アルバートはチュッとノワールの足の平に音を立ててキスをした。


「……」


 ノワールはどん引きしている。わかりやすく、身をのけぞらせた。

 だが、アルバートは全く気にしない。


「ノワールはいつも可愛いけど、ネコの姿も可愛いね」


 うきうきとそんなことを言った。


(うちの弟は大丈夫だろうか?)


 あまりにメロメロな姿に、ルーベルトは心配になる。だが本人はとても幸せそうだ。

 ソファに座り、自分の膝にノワールを乗せる。丁寧に優しく、ブラッシングした。


 ゴロゴロゴロ……。


 ノワールが喉を鳴らす。気持ちがいいようだ。

 身体をぐてっと伸ばす。

 そんなノワールの反応に、アルバートは満足な顔をしていた。

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