8-8 可愛いから欲しい。




 爆発未遂騒ぎがあった後も、課外活動は普通に行われていた。

 いつも通りに見えて、ロイドは3人の生徒達を監視している。不自然な動きをしないか、見張っていた。

 だがその後、3人に変わった動きはない。再び、爆発が起ることもなかった。

 攻撃が無効化されることは相手も気付いたのだろう。

 もう、教官室内での攻撃は無いのかもしれないと思った。


 生徒達はいつも通り、自分の研究に没頭している。

 良くも悪くも、自分が選んだ生徒達は個人主義だ。他人のことは基本的に、気にしない。

 それはノワールも同様だ。

 ロイドの膝の上に抱っこされ、ぬいぐるみに魔法陣を付与している。

 安全のため、ロイドはノワールから離れないことをアルバートに約束させられていた。

 過保護なアルバートはノワールを片時も一人しない。

 一番恐れているのは、誘拐される事のようだ。


 ロイドは役得とばかりに、ノワールを膝に抱いて思う存分抱きしめる。

 白い猫耳が目の前でぴくぴく動いていた。

 ふーっと息を吹きかけると、びくんっと大きくノワールの身体が震える。しゃっと背筋が伸びた。


「にゃっ?!」


 驚いたように声を上げる。

 ロイドはノワールの頭に顔を埋めた。猫耳にぐりぐりする。


「にゃーっ!!」


 ノワールは明らかな抗議を声を上げた。

 ふるふると頭を横に振って、逃げるように身体を前に倒す。だが、ロイドの手が腰に回っているので、逃げられない。

 ノワールはじたばたと暴れた。


「わかった。わかった。もうしない」


 ロイドが謝る。


「にゃ~」


 本当に?と言いたげな感じで、ノワールは振り返った。警戒した顔でロイドを見る。

 ガードするように、両手は頭の上に持っていった。耳を隠す。

 それがまた可愛らしかった。


「ノワールは何をしても可愛いから、狡いよね」


 真顔で、ロイドは言う。

 そんなロイドにノワールは引きまくった。


「……」


 冷たい目でロイドを見る。ロイドは気にしなかった。


「もう悪戯しないから、続きをしていいよ」


 ちらりとぬいぐるみを見る。

 最終的にカノンのような人形を作ることを目標に、ノワールは魔法の研究を頑張っていた。

 まずはぬいぐるみを動かすところから始める。

 ノワールは最初、ロイドにアドバイスを求めた。どうすればできるのか、聞く。

 ロイドは答えを持っていた。

 だが、それを教えるつもりはない。

 高度な魔法は秘匿するのが普通だ。自分で編み出した魔法は財産になる。

 そういう理念を説明したら、ノワールはあっさり納得した。引き下がり、自力で頑張っている。

 困っても、ロイドに聞かなくなった。

 自力で試行錯誤を繰り返している。

 真剣に考えているときほど、猫耳がぴくぴく動くのがなんとも可愛かった。

 つい悪戯してしまったが、反省する。

 嫌われたいわけではなかった。


 ノワールはいろんな方法でぬいぐるみを動かそうとする。思いついた方法は全て、ぬいぐるみで試した。動くかどうかを確認する。

 時々、ロイドが思いもしない方法が飛び出すので、見ていて楽しかった。

 それは成功することも失敗することもある。

 失敗してもどこか楽しげな様子に、ノワールにとってはこれは遊びの一種なのだとわかる。ロイドは不思議な気持ちになった。


 ロイドがカノンを作ったのは、とても現実的な理由からだ。

 当時、ロイドは助手を必要としていた。だが人間は裏切る。その時のロイドには敵も沢山いた。信用できる相手を探すのはとても難しい。

 カールの事は信用しているが、魔法の研究に関してはあまり役に立たなかった。

 助手として使えて、なおかつ、家事全般もこなせる存在をロイドは求める。


 そんな都合のいい存在は探すより、作った方が簡単に思えた。

 物は試しで、簡単な仕事をこなす人形を作ってみる。それは案外、上手くいった。

 人形でどこまでやれるのか、ロイドは試してみたくなる。研究者魂に火が付いた。

 改良に改良に改良を重ねて、カノンが出来上がる。かかった時間も労力も半端ではなかった。

 簡単に教えられる訳がない。


 必要に迫られてロイドはカノンを作ったが、ノワールに人形を作る必要はない。

 ノワールにはアルバートもルーベルトもいた。

 二人はノワールのためなら、たいていのことはするだろう。

 何のためにノワールは人形を作るのか、ロイドは不思議に思っていた。

 課外活動の時間が終わり、他の生徒が帰った後に聞いてみる。


「ノワールは何のために人形を作りたいんだい?」


 優しく尋ねた。


「何のため?」


 ノワールは質問の意図がわからないという顔をする。

 色の違うオッドアイが真っ直ぐにロイドを見つめた。その瞳は吸い込まれそうに澄んでいる。


「人形にやってもらう必要があることなんて、ノワールにはないだろう?」


 ロイドは説明した。


「にゃあ」


 ああ、そういう意味かとノワールは納得する。


「可愛いから」


 さらっと答えた。


「え?」


 ロイドは聞き返す。


「カノンが可愛いから、ボクもカノンみたいな子が欲しくなった」


 ノワールは正直に言った。

 へらっと笑う。


「……」


 ロイドは黙り込んだ。

 自分がかなり変わっていることをロイドは自覚していた。だが自分以上に変わっている存在がここにいた。

 ただ可愛いからなんてそんな理由で、人形を動かそうと考える人間--もとい、猫--がいるとは思わなかった。


「それだけの理由で?」


 ロイドは確認した。


「ダメなの? 可愛いは正義だよ」


 真顔で、ノワールは言い返す。


「まあ、そうだね」


 ロイドは苦笑した。

 確かに、可愛いは正義だろう。今、そんなことを言っているノワールが壮絶に可愛くて、なんでもOKな気になる。


「食べてしまいたい」


 思わず、心の声が口から出た。

 ノワールはどん引く。

 ロイドはそんなノワールをぎゅうっと抱きしめた。

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