10-1 お気に入り。




 アルバートのおじいちゃんにボクは気に入られたらしい。

 最初は胡散臭いと警戒したが、懐に飛び込んだら案外、いい人だ。

 何より、この人からはアルバートと似た匂いがする。

 人間にはわからないだろうが、人の性格は案外、匂いに出る。具体的な説明はしにくいが、この人はいい人だとか、この人は腹黒いとか、人間よりずっといい嗅覚を持つ猫にはわかる。犬ほどではないけれど、猫だって人間に比べればずっと嗅覚はいいのだ。

 その猫の鼻が、この人は見た感じや身に纏う雰囲気ほど悪い人ではないと教えていた。

 あと、どこかロイドにも似ている。

 ロイドとアルバートにはどこも似たところはないのに、おじいちゃんはその真ん中という感じがした。

 ロイドとも知り合いのようなので、ロイドの食えないところはこのおじいちゃんに似たのかもしれない。

 ロイドにその話をしたら、とても嫌がりそうだけど。


 そういうわけで、ボクはおじいちゃんに全力で媚びを売ることにした。だってどう見たってこの人、とっても偉い。周りはみんな、おじいちゃんのことを気にしていた。そしておじいちゃんは自分に注がれる眼差しを少しも気にしていない。


 この場の力関係は明らかだ。


(ボク、長いものには巻かれる主義だから)


 心の中で呟く。人間なら矜持はないのかと言われそうだが、猫に矜持なんて必要だろうか? 生物にとっての最優先は生き残ることだ。その際、強者の傘下に入って守られることをわたしは恥とは思わない。

 こういうのは処世術というのだ。

 そういう意味では、人間の時より猫である今の方が生きやすい。人間とは案外面倒な生き物だったと、今さら思う。


「にゃーにゃ」


 じーじと呼んで、甘えてみた。ネコの言葉は通じていないと思うが、甘えているのは伝わるらしい。

 甘えられることに慣れていないらしいおじいちゃんは喜んでボクを甘やかした。

 撫で方が妙に上手くて、ボクもメロメロになる。


(何、このゴットハンド)


 意外な特技をお持ちだった。


「本当にいい子だな。こっちにおいで。みんなに紹介してあげよう」


 そんなことを言うと、ボクを抱っこしたまま移動する。

 その後ろをアルバートが追い掛けてきた。


(どこに行くんだろう?)


 不思議に思ったが、追ってくるアルバートに焦る様子はない。行き先をアルバートは知っているようだ。

 ボクは素直におじいちゃんに甘えておく。

 そんなボクをアルバートは面白そうに見ていた。そこに計算も入っていることは見抜かれている。


(でも、おじいちゃんが好きなのも本当だよ)


 心の中でボクは言い訳した。

 媚びを売るくらいは誰にでも出来るが、さすがにすりすりとか触れるのは嫌悪感がない相手でないと無理だ。ボクもそこまで妥協していない。


 おじいちゃんが向かったのは豪華なソファだった。会場の角を背に斜めに置かれ、会場全てを見渡せるようになっている。

 どうしてパーティの会場にそんなものが? と思ったが、高齢の前当主の体調を気遣ってのものらしい。

 おじいちゃんはそこに自分が座ると、隣にボクを座らせた。

 アルバートはソファの後ろに立つ。ソファには座らなかった。


「にゃーん?」


 そんなアルバートをボクは不思議そうに振り返る。アルバートは手を伸ばし、ボクの頭を撫でた。

 それにはこれでいいのだと、肯定する気持ちが込められている気がする。

 おじいちゃんがソファに座ると、待ち構えていたように、人がやってきた。たぶん、本当に待ち構えていたのだろう。

 挨拶の言葉と露骨な世辞と、何が言いたいのかわからない遠回しな話が続く。


「ふにゃあ」


 あまりに退屈で、思わず欠伸が出てしまった。


(しまった!!)


 さすがに失礼なのはわかる。

 一瞬、時が止まった。


「はははっ」


 そこにおじいちゃんの笑い声が響く。妙に機嫌が良かった。


「うちのネコが退屈している。何が言いたいのかわからない話は省いて、用件を口にしたらどうだ?」


 すばり切り込む。


(おおっ)


 隣で聞いているだけのボクでもちょっとドキッとする直球だ。言われた方はもっと焦っている。


(ごめんなさい)


 心の中で、焦っているおじさんに謝った。


(これはあれかな。恨まれちゃうパターンかな)


 内心、冷や汗をかいた。だが、おじいちゃんの機嫌がいいので、そうでもないらしい。むしろおじさんはほっとしているように見えた。

 用件を告げ、去って行く。

 次の客が目の前に来る前に、おじいちゃんがボクの頭をよしよしと撫でた。


「なかなかいい感じだ。この調子で頼む」


 そんな言葉を囁かれる。


(え? 何を?)


 ボクは内心、どぎまぎした。何を頼まれているのかよくわからない。

 だが、ネコに徹しているボクにここで質問することは出来ない。


(わかんないよ~)


 心の中でぼやきながら、ボクはおじいちゃんの様子を窺った。そしてなんとなく状況を察する。

 どうやら、ボクはおじいちゃんが話をさっさと切り上げたいときに助け船を出せばいいらしい。

 つまらない顔をしていたら、欠伸をしたり、おじいちゃんにじゃれついたりして話を切り上げさせた。その代わり、興味深そうに話を聞いていたら大人しく邪魔をしない。

 親戚一同のご機嫌伺いのこの挨拶を、たぶんおじいちゃんは面倒に思っている。だが、面倒だからやらないって言えないところが上に立つ者の辛いところだ。権力者は下の者のことなんて何も考えていないと思われているかもしれないが、実際は違う。上に立つ者には上に立つ者の苦労があるのだ。


 ボクの判断はなかなか適切だったらしく、おじいちゃんは何度もボクを褒めてくれた。

 褒められると居心地が悪くなるなんて遠慮深い性格は全くしていないので、むしろもっと褒めてくれと胸を張った。


(褒められるの大好き~)


 ご機嫌でにゃんにゃん喋っていると、おじいちゃんはますますボクを可愛がってくれる。

 今や誰の目にも、おじいちゃんがボクにメロメロなのは明らかだ。すると周りのボクへの対応が明らかに変わる。

 アルバートに連れられている時とはかなり違った。

 嫡男であっても、アルバートはまだ爵位を継いでいないただの子供だ。一族にとってはまだまだ扱いは軽い。

 貴族社会はなかなか世知辛いようだ。

 そしてそれがアルバートがソファに座らず、ボクたちの後ろに立っている理由だろう。

 それを考えると、ソファに座らされているボクはかなりの例外だ。


(そりゃあ、扱いも変わるよね)


 自分のお気に入りだから、余計なことはするなと釘を打つために自分がここに座らされていることにボクは気付いた。

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