10-2 社交の季節




 パーティの後、ボクはおじいちゃんに褒められた。


「思いの外、賢い子だ」


 よしよしと頭を撫でられる。


(思いの外?)


 ちょっと引っかかるものを覚えたが、素直に褒められたと受け取ることにした。

 パーティでの対応はあれが正解だったらしい。


「にゃーん」


 とりあえず愛想を振っておいた。

 おじいちゃんは眦を下げる。


「いい子だ」


 また、頭を撫でられた。


「ご褒美に明日、沢山菓子を持っていって上げよう」


 そんなことを言う。


「にゃう」


 うんと頷いた。菓子屋からお菓子が届くのだろうと考える。くれるというなら遠慮する理由はなかった。素直に甘える。


 だが翌日、お菓子を持ってやってきたのはおじいちゃん本人だった。

 そしてその日から、度々やって来るようになる。もともと、前公爵の屋敷はそれほど遠くない。行き来しようと思えば容易に行き来できた。だが、引退してからは自分から足を運ぶことは滅多にないと聞いている。

 実際、学園に行く前におじいちゃんと顔を合わせたことは無かった。

 それが今は1日と空けずにやって来る。たくさんのお菓子を持って、ボクと遊びにきた。

 ついでに、ロイドにちょっかいを出す。

 ロイドをからかって遊ぼうなんて人、初めて見たので面白かった。




 ロイエンタール前公爵が獣人を可愛がっているらしいと言う噂が流れる。

 それはあっという間に広がった。

 内心、驚く。ここにはネットも電話もない。どんな情報伝達かあるんだと一瞬考えて、ここが魔法の世界であることを思い出した。

 社交に必要な情報は何を置いても優先されるのだろう。魔力だって無限では無いのに、最優先で伝達されるようだ。


(悪目立ちしているんじゃない?)


 ちょっと不安になった。

 大丈夫なのかアルバートに聞いたら、何もしなくてもそもそも目立っていると笑われた。

 ……全然、笑えない。

 だが、注目のされ方は今までの比ではない気がした。ロイエンタール前公爵の影響力は大きいらしい。

 それは次にパーティに出た時に顕著に表れた。






 パーティの会場につくやいなや、ボクを抱えたアルバートは大人達に取り囲まれる。2~3人が一斉にやってきて、行く手を塞がれる感じになった。

 ちょっと、感じが悪い。

 彼らは一応、挨拶から入った。

 大人と子供だが、爵位は彼らの方が下だ。下の者から挨拶をする。

 そして世間話をするのもまどろっこしいとばかりに、質問を始めた。


「その子が噂の獣人ですの?」


 赤いルージュがやたらと目立つおばさんが問う。質問形式だが、それはただの確認に過ぎなかった。

 ぴくぴく動くネコミミを持つ存在なんて、会場の中にボクしかいない。間違えようがなかった。


「はい。ノワールと申します」


 アルバートはにこやかに答えた。


「ノワール、挨拶して」


 ボクを促す。

 ボクはちらりとそちらを見た。


「にゃあ」


 一声、可愛らしく鳴く。


「まぁ」


 ご婦人たちから感嘆の声が上がった。

 女性は基本、可愛いものには甘い。


「綺麗な顔をしている。まるで人形のよう」


 別の女性がうっとりした顔でボクを見た。触ろうと、手を伸ばしてくる。

 悪意がないのはわかったけれど、触られたくなかった。


「にゃあ」


 縋るように鳴いて、アルバートに抱きつく。ぷいっと彼女たちに背を向けた。


「にゃあ、にゃあ」


 鳴き声を上げる。嫌だと訴えた。

 シャーッと威嚇せず拒絶するだけなのは、ボクなりの配慮だ。

 一応、気は遣う。相手はどこかしらのご夫人だ。


「すみません。臆病な子なのです。知らない人に触られるのは苦手で」


 アルバートはボクに変わって言い訳する。


「ネコの獣人なので気まぐれなのです」


 さりげなく情報を開示した。


「まあ、ネコちゃんなのね」


 夫人たちは簡単に食いつく。アルバートを質問攻めにした。

 アルバートは丁寧にそれに対応する。食べ物は人間と同じものを食べているとか菓子が好きだとか話すと、夫人達は謎の盛り上がりを見せる。


「なんて可愛いの。見た目はほとんど人間なのに、中身はネコちゃんなのね」


 身悶えた。


「お菓子が好きなら、今度、ノワールちゃんに差し入れしてもいいかしら? とても美味しいお菓子の店を知っているのよ」


 そんな言葉が聞こえてきて、ボクはそちらを振り向く。夫人と目が合った。


「にゃあ」


 いいよ、と返事をする。お菓子ならいつでも何でもウェルカムだ。


「あら、まあ。今この子、返事をしたのではなくて?」


 差し入れをすると言った夫人は感激していた。


「にゃう」


 言ったよ~とボクは軽く相槌を打つ。


「お菓子をくれる人には愛想がいいんですよ。現金な子なんです」


 アルバートは笑った。


「まあ」


 夫人達も笑う。


(みんな目が笑っていない)


 貴族怖って思った。


「そんなところも可愛いわね」


 夫人達はボクを見る。たいていの人はボクに好意的だ。

 それはきっと、可愛いからだけでは無い。前公爵への点数稼ぎが入っている気がした。


(引退したはずなのにこれって、おじいちゃん、何者?)


 ボクは困惑した。

 だがおかげで、お菓子はたくさん届く予定らしい。

 ボクはちらりと周りを見た。

 それほど大きな声で話しているわけではないので、周りは聞き耳を立てているようだ。周囲では会話もなく、しんとしている。


(やっぱり、悪目立ちしている)


 そう思うが、アルバートはまったく意にかえさなかった。

 その後もボクをパーティに連れて行く。

 そうこうしている内に、一通の手紙が届いた。






 その手紙が届いたのは、社交も折り返し地点に達した頃だ。

 居間のソファに座るアルバートの膝に座って、ボクはまったりする。連日のようにパーティに連れ回されて、疲れていた。

 ボクはただアルバートに抱っこされて守られているだけだが、アルバートはもっと疲れてあるだろう。


(癒やしてあげよう)


 そう思って、いつも以上に甘えていた。すりすりするボクにアルバートはメロメロだ。

 そこに執事が手紙を持ってくる。その中に一通、妙に目立つものかあった。他の封筒より紙質が上等で白い。


「やっと届いたか」


 アルバートはそんなことを呟いた。手紙を受け取る。白い封筒を裏返して、蝋に押してある印を確かめた。

 僕はアルバートの手元を覗き込む。何を待っていた確認した。


(あれ?)


 予想外のものを見た。

 蝋に押されていたのはどう見ても家紋ではなく、薔薇の花だろう。


(なんで薔薇?)


 ボクは首を傾げる。そんな家紋はもちろんない。

 だが、アルバートはとても満足な顔をして、ロイドを呼んだ。



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