閑話: またたび狂騒曲2
アルバートが庭で剣の稽古をカールやルーベルトする間、ボクは暇になった。ここぞとばかりにロイドが構ってくるが、それはそれで鬱陶しい。
アルバートに渡された本を読んで過ごす事にした。ロイドからは適度に離れる。つまらない顔をされたのは無視した。
狭く深く知識を追求するタイプのアルバートの蔵書は魔法関係に偏っている。ボクとしても興味があった。
「何を読んでいるの?」
楽しく本を読んでいたら、ロイドが覗き込んできた。スルーされてもめげない鋼の心臓の持ち主だったらしい。
「……」
邪魔するなと言う目をボクはロイドに向けた。
それに気づいたロイドは苦笑する。
「そんな本を読むより、私が教えてあげるのに」
にこやかに言われた。
「にゃにゃ」
ボクは首を横に振る。お断りした。
首輪で制限を受けているボクは今、魔力の操作が難しい。使用できる魔力が安定しなくて、上手に使えなかった。慣れるまで実践は無理らしい。実践でないなら、ロイドに教わるより書物の方がわかりやすかった。ロイドの教え方はちょっと感覚的なところがある。一般向けではなかった。授業で教える程度の内容なら問題無いが、上級魔法は理解しにくい。そもそも、今のボクに上級魔法が使えるかはどうかは微妙なところだ。自分がどこまで力を使えるのか実はよくわかっていない。そのうち確認しなければいけないとは思っていた。
「残念」
ロイドは露骨にがっかりする。相手にされなくて寂しいという顔をした。
(うん。面倒くさい)
邪魔しないでくれと心の中で愚痴る。スルーして本に視線を戻すと、コトンと何かがテーブルに置かれた音が聞こえた。
「?」
思わず、テーブルを見る。
球形に近い形のガラスの上部が切られてグラスのようになっている容器の中に乾燥した草花が入っていた。
(ポプリ?)
懐かしいなと思って手を伸ばす。前世で一度だけ作ったことがあった。そういうのに興味があるような趣味は持ち合わせていなかったが、女の子には一度くらいはそういうのを作ろうとチャレンジする時期があるのだろう。わりと好奇心が旺盛だった前世のボクは何にでも一度はチャレンジしてみた。それが長続きするかどうかはおいておくとして。
クン。
何も考えず、匂いを嗅いでしまった。
(しまった)
そう思ったときにはもう遅い。
自分の嗅覚がネコで、犬ほどではないにしてもかなり鼻がいいことを忘れていた。
ぶわっと鼻から入った香りが身体中に回る。細胞が泡立った。
(またたびだ)
匂いの正体に気づく。
またたびの匂いなんて初めて嗅いだのに、本能でそれだとわかった。
ネコ的には麻薬のようなものであまりよくないもののはずなのは前世の知識として覚えている。
慌てて容器をテーブルに戻した。
身体がかあっと熱くなった。
「にゃうぅ~ん」
自分でもわけがわからない声が口からこぼれた。身体から力が抜けていく。くたりとソファに倒れ込んだ。
「ノワール?」
それを見て、ロイドが驚いた顔をする。
(わざとではなかったのか)
策略に嵌まったのかと反省したが、違ったらしい。これはロイドにも予想外の出来事のようだ。
目を丸くし、戸惑った顔をしている。
「大丈夫か?」
ボクの身体に触れようとした。
「シャーッ」
ボクは唸る。触られたくなかった。放っておいて欲しい。
だが、訳がわからないロイドは放ってはおけないようだ。ボクの側で、珍しくオロオロしている。
「またたび」
一言だけ、ボクは呟いた。原因を教える。
「え?」
ロイドはポプリの入った容器を見た。だが、またたびがどんな植物なのか見てもわからないのだろう。困惑していた。しかし、ボクの様子が急変した理由については納得したらしい。少し落ち着きを取り戻した。
「どうして欲しい?」
問いかけてくる。
「……」
ボクは答えなかった。何かをして欲しい訳ではない。あえて言うなら、放っておいてくれ。
(熱い。クラクラする)
お酒を一気に煽った気分だ。酩酊している。目を閉じて横になっているのが一番楽だった。身体は熱いままだが、クラクラするのはおさまる。
何も答えないボクに、ロイドはそれ以上尋ねなかった。それが答えであることは理解したらしい。
静かになったと、ボクはほっとした。
だがそこにアルバートが飛び込んでくる。
ロイドに状況を確認している声が聞こえた。ロイドがまたたびのことを話す。カールやルーベルトの声も聞こえた。みんないるらしい。
「ノワール」
優しい声がボクを呼んだ。
「……にゃあ」
目を開けて、ボクはアルバートを見る。
アルバートはとても心配そうにボクを覗き込んでいた。
(大好き~vvv)
ボクの感情は暴走する。
「にゃーん」
アルバートに手を伸ばした。抱きつきたい。ロイドに触れられるのは嫌だったのに、アルバートには触れたかった。あちこち撫でて欲しい。だが、身体に力が入らなかった。
「にゃあ……」
自分の思うように身体が動かないのが、不満だった。むーっと口を尖らすと、アルバートはそんなボクに目を細めた。
「おいで」
ボクを抱上げて、抱っこする。ソファに座り、膝にボクを乗せた。抱きしめる。ボクはアルバートの胸にもたれ掛かった。顔を埋めてすりすりする。
(いい匂い)
アルバートの匂いに気持ちが落ち着いた。だがアルバートが大好きという気持ちはどんどん増していく。
「にゃあにゃあ」
甘えるように鳴いた。アルバートの手がボクの頬を撫でる。自分からその手に顔を擦りつけた。その指先をあむっと咥える。
「ノワール?」
アルバートが戸惑った顔をした。
咥えた指をちうちう吸うと、その手をルーベルトに取り上げられた。
「?」
ボクは驚いた顔でルーベルトを見る。
「やりすぎ」
にっこりと笑顔で叱られた。笑っているのに、目が笑っていない。妙な迫力があった。
「……」
ボクはアルバートを見る。アルバートは困った顔をしていた。気のせいではなく、顔が赤い。
好きが暴走しすぎたらしい。
「にゃあ」
ボクは一声鳴いた。ちょっと反省する。
「わかればいいよ」
ルーベルトに頭を撫でられた。
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