にゃんダフルな人生を!!

みらい さつき

プロローグ。

 主が寝静まった夜中、猫であるわたしはこっそりと自分の寝床を抜け出した。書斎の中を物色する。

 書斎には本が沢山あった。わたしは目を輝かせる。

 猫は夜行性だ。夜目も利く。

 月明かりが差し込んでくる部屋の中は、明かりが消えていてもわたしには十分に明るい。

 主は寝室で寝ていた。書斎の隣に寝室がある。

 間のドアは少し開いていた。故意なのか偶々なのかわからないが、わたしは気にしない。猫が部屋の中を歩き回っても、咎められることはないだろう。

 わたしはトンっと軽やかに机の上に飛び乗った。机には開いたままの本がある。


(何の本だろう?)


 読んでみる。わたしは猫だけど、文字が読める。ラッキーな事に魔法書だ。わたしの知らない--知りたい--ことがいろいろ書いてそうだ。

 その本は上級者向けのようで、基礎的な話はすっ飛ばしている。だが、わたしは上級者用のそういう本を読みたかった。

 しばらく、読書に熱中する。面白くて、夢中になった。

 爪で引っかけて、わたしは器用にページをめくっていく。


(ふむふむ、なるほど。なるほど、なるほど)


 わたしは納得し、感心する。この世界の魔法の仕組みをざっくりと理解した。

 ここでも、魔法は想像力がキーになるらしい。

 具体的にイメージできると、成功率が上がると書いてあった。原理がわかっていると、もっと成功率が高くなるらしい。


(例えば、わたしは水が水素と酸素が結合したものだと知っている。空気中の酸素と水素が結合することをイメージすれば、水を生み出すことが出来るのではないだろうか?)


 試してみたくてうずうずする。だが、書物が多いこの場で水を出すのはナンセンスだ。本が濡れたら困る。


(濡れても、水を酸素と水素に戻すことをイメージすれば揮発して乾くかもしれないけど……)


 それは理論上の話で、上手くいくとは限らない。試すのは今ではないだろう。後で、何もない外で試してみようと思った。


(もっとこう、この場で試しても問題なさそうなやつはないかな?)


 濡れたり、燃えたり、爆発したりしない魔法を探す。わたしは本をめくった。そして、ぜひ試してみたいものを見つける。


(変身魔法だって、凄くない? ここには人間が人間以外の生き物に姿を変える術として紹介されているけど、ようは姿形が変るってことでしょ。一つの呪文で何にでも変身できるなら、イメージ出来ればOKってことじゃない? 元が人間である必要は読む限りではなさそう。猫のわたしが人型になるのも可能じゃないかな)


 どうせダメ元なのだから、試してみることにした。

 この世界の魔法は少し変っている。呪文を声に出して唱える必要がなかった。心の中で呪文を唱えるだけで発動する。それはたぶん、呪文を口にしたら相手にどんな魔法を使うかばれてしまうからだろう。そして一度唱えたことがある呪文は、次からは詠唱を省略できる。ショートカット機能みたいなものがついていた。

 猫のわたしにとって、詠唱を声に出す必要が無いのはとてもありがたい。わたしはどんなに頑張っても、ニャーとしか鳴けなかった。人間の呪文を口に出すのは無理だろう。

 だが、わたしは文字が読めるし、心の中でなら話せる。

 つまり、わたしは魔法の呪文を唱えることが出来た。


「……」


 わたしは心の中で詠唱する。人間になりたいと願った。人の姿を思い描く。

 次の瞬間、自分の身体がぴかっと光った。目が眩みそうで、慌てて閉じる。

 光は一瞬で消え、わたしは目を開けた。

 自分の手を見る。人間の手だ。もふもふしていない。毛で覆われていない自分の身体を見たのは久しぶりだ。あちこち確かめる。

 うつむいたら、白い足が見えた。そして……。


「ぎゃあっ」


 蛙を潰したような声が自分の口から漏れる。


「何事だ?!」


 飛び起きたらしい主が明かりを持って、部屋に飛び込んできた。わたしを見て、目を丸くする。


「誰だ?!」


 険しい顔で、机の上に座り込んでいたわたしに聞いた。

 わたしは主を振り返る。


「……オスだった」


 青ざめた顔で告げた。

 足の間に、見慣れないものがある。

 猫に転生して2ヶ月あまり、初めてわたしは自分の性別が変っていることに気づいた。今までは毛で覆われていたので自分がオスだなんて知らなかった。



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