15-1 編入生。




 (なんでこうなった?)


 ボクは首を傾げた。

 教壇には編入生が佇んでいる。

 教室の中には教官の声が響いていた。編入生を紹介する。

 教室の中はざわついた。異例なことに戸惑っている。

 学園では入学年齢は決まっていない。15歳以上であれば、何歳でも入学は許可されれば可能だ。そして毎年、入学するチャンスはある。


(何故、わざわざ編入なのだろう?)


 誰もがそう思った。すでに今年度は半分以上が経過している。編入なんてせずに、来年入学するのが普通だろう。それをわざわざ編入するというのは、今年で無ければならない理由があるからとしか思えなかった。

 誰もがその理由を気にする。

 しかも、編入生はただの貴族ではない。この国の第一王子・ランドールだ。


「……そういうわけで、今日からみんな仲良くするように」


 教官はそう言って、クラスを見回す。


(そんなこと言われなくても、第一王子にケンカ売る貴族はいないよね)


 心の中で、ボクは笑った。

 ランドールは皇太子だ。時期国王であることはほぼ決まっている。そんな相手に媚びは売ってもケンカは売らないだろう。

 つらつらとそんなことを考えていたら、ちらちらと自分に向けられる視線にボクは気づいた。

 半数くらいの生徒が、こちらを窺っている。


(え? なんで見られているの?)


 ボクは戸惑った。平然とした顔をしているが、心の奥底ではドキドキする。

 見られている理由は程なくわかった。王子がこちらを見て、にこにこ笑っている。傍から見たら、その笑みはボクに向けられているように見えるのだろう。


(違う、違う。たぶんボクじゃない)


 心の中で、ボクは否定した。

 王子の視線の先にいるのはボクではなく、アルバートだろう。アルバートは王子と仲良しらしい。話を聞く限り、かなり気に入られている。

 アルバートと同じ学年で一緒に学びたいから、編入してきたのかもしれないとボクは思っている。


 だが、周りはそうは思わないようだ。王子はボクに会いに来たのだと思っている。


 ただいま、ボクはちょっとした人気者になっていた。

 王宮の中で起こったネコブームは、他の貴族達にも飛び火する。ペットとしてネコを飼うのがブームになっていた。そうなると、自尊心の塊である貴族達はより珍しいネコを求めるようになる。他人が持っていないものを持っていることを自慢したいのだ。

 だがこの世界、ネコは使い魔であってペットではない。種類も多くなかった。品種改良なんて、するわけがない。

 そんな中、獣人だということになっているボクに注目が集まった。もっとも珍しい”ネコ”に勝手に認定される。


(あながち、間違ってはいないな)


 内心ではそう思った。確かにボクは珍しいネコだろう。

 そんな珍しいボクに、何かと理由を付けて会いに来る偉い人は少なくない。王子もそんな1人だと思われているようだ。


(ボクに会うために編入とか、さすがにない)


 否定したいが、しても無駄であることは知っている。みんな、自分の信じたいことしか信じない。


(面倒なことにならないといいな)


 ただそう願った。


 あれから、王宮は穏やかだそうだ。

 あちこちで繰り広げられるのは嫌味の応酬では無く、ネコの自慢話に変わったらしい。

 なんて平和なのだろう。カワイイは本当に世界を救うのかもしれない。


 王子と王女は昔よりはいい関係になっているようだ。いきなり距離が縮まることはもちろん無いのだが、無駄に競い合ったりいがみ合うことがなくなっただけでも進歩だろう。

 ボクが王宮に呼び出される頻度は目に見えて減った。それには王女がネコを飼い始めたせいでもあるようだ。しかし、ボク的には理由なんてどうでもいい。王女と適切な距離が取れるのは良いことだ。これで巻き込まれる可能性は減ったと安心する。

 王宮に足を運ばないので、必然的に、アルバートが王子と会うこともなくなった。


 上出来な成果に、ボクは満足していた。

 ボクの目的は王子と王女を仲良くさせ、なおかつ、2人の諍いに巻き込まれない適度な距離を王子からも王女からも取ることだ。


 上手くいったはずなのに、予想外のことが起こる。王子が編入してきた。王子の方からこちらに来てしまう。


(なんでこうなった?)


 ボクはもう一度、疑問を心の中で呟いた。どこで何を間違えたのか、考えてしまう。だが考えても、答えなんて出なかった。

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