将来を約束した幼馴染は嫉妬深い元人気モデル。

鮎川 晴

第1話 私を覚えていますか?

それは二年前の中学二年、夏休みが明けた初日に、僕のクラスに転入生が来た。

「天野サヤカです、宜しくお願いします」

黒板の前に立つセーラー服姿の豊かな胸から細いウエストと丸いお尻、髪が長く白い肌の美少女にクラス中の男子も女子も歓声を上げたが、僕にはその意味が判らなかった。


「空いている席は一番後ろの、背が高い槇原の隣だな」

担任の松田先生は転入生へ分かるように身体的特徴で僕の隣席を教えた。

美少女の転入生が僕の横を通ると、その長い黒髪から甘い香がして、

「槇原君、隣で宜しくね」

会釈して声を掛けてきた。

「どうも」

それが思春期の僕にとって精一杯の返事だった。



一時間目いちじかんめの国語が終わり、思春期の僕は美人の女子転入生を囲むクラスメイト達に混じれなかった。

休憩時間にトイレへ向い、甘い香の高ぶりを落ち着かせて、自分の席に戻った僕へ隣のサヤカさんから小さなメモを渡された。

それには『放課後に校内を案内してほしい』と書かれていた。


午前の授業が終わり給食後の昼休みにクラス全員で掃除を済まして、小休憩の後に午後の授業が始まる六時間目の放課後、生徒は其々の部活動へ参加する。


僕は校内の案内を頼まれた転入生の天野サヤカさんへ、

「放課後はバスケ部の練習だから、ちょっと無理です」

とても気に成る美少女へ照れと恥かしさも有って、校内の案内を遠慮した。


「バスケの部活が終わるまで待っているから」

その想定外な言葉に驚いた僕は、黙ったままサヤカさんへ頷いた。


夏休み前の全中大会で敗退した先輩は部活引退して、後輩の1年生と僕達2年生の男子バスケ部には40人以上が毎日の練習に汗を流していた。


同じ体育館の半分で女子バスケ部が練習しているが、顧問の指導が厳しくて僕達は女子バスケ部を気にする余裕が無い。


バスケ部を見学して僕を待つ元モデルのサヤカさんは周囲から目立ち、チームメイトからは、

槇原マッキー、あの女子って人気モデルの天野サヤカだろ、心的ストレスで休業中とか聞いたけど」

ここで初めて転入生の天野サヤカさんが元モデルの有名人で、朝の挨拶でクラスがざわめいた理由を知った。


横に長い本校舎の一階は校長室から教員室と事務室、進路指導室と予備会議室、二階は一年生の教室、三階は2年生、四階は3年生の教室が並ぶ、二階の渡り廊下で繋がる別棟には音楽室と美術室、理科実験室と人体模型が有る理科準備室、グランドの見える体育教官室と文科系部室、形ばかりのプールは有るが老朽化で水漏れと汚染地下水で水泳の授業が無いから、水着に成りたくない女子は喜んでいる。


グランドでは野球部とサッカー部が練習終わりの整備をしている中、僕の案内が終わりから任務終了と安堵した。

「私と一緒に帰りましょう」

初対面の女子に誘われて戸惑う僕は、

「天野さんの家を知らないけど」

尤もな理由で断ろうと思う、しかし天野サヤカさんは、

「裕人君、私を覚えてないの?」


天野さんが言う『私を憶えてないの?』とは、僕は小学4年から地域のミニバスに参加して、応援してくれる仲の良い女子は居たし、友人が多いと自負していたが特別な彼女は出来なかった。


僕は記憶の中に天野サヤカさんを思いだせない。

「天野さんは僕と何処で会ったの?」

「え、幼稚園の年中組でバレンタインにチョコをあげて、私をお嫁さんにしてくれる約束したわよ」


それは五歳の頃で九年も昔の約束を僕が憶えているはずも無いし、

「それって未だ有効期限内なの?」

幼馴染を名乗る美少女に恥かしくて照れる、五歳の約束から僕を婚約者と決めている天野サヤカさんは、心的要因からモデルを休業中とチームメイトから聞いていたから、傷付けないように、


「そう、いま思い出したよ、僕達は年中のサクラ組だったね」

「そうよ、サクラ組から年長はヒマワリ組よ、違う小学校に離れたけど再会できたのは裕人君が私にとって運命の人、神様を信じて良かった」

天野さんの心には神様が存在するのか、とても大きな何かを背負った気がする。


天野さんの自宅へ付き添い、帰宅後に商店街の中でパン屋を営む僕の父と母へサヤカさんの事を訊いた。

「あら懐かしいわね、サヤカちゃんは隣の小学校へ進学したけど、お父さんの転勤で引っ越してお店にも来てないね」

そうだ、僕の母とサヤカさんの母は幼稚園つながりのママ友で、サヤカさんが『裕人君のお嫁さんに成る』を両家公認の可愛い婚約と記憶していると母は言う。


「母さん、僕が貰ったチョコはどんなだった?」

「たしか、あれは小さいチロリチョコね、裕人は憶えてないの?」

あの頃はいつも腹ペコの僕が小さな10円チョコを覚えている訳が無い。

幼稚園の卒アルで確認して、当時の幼いサヤカちゃんと成長した美少女のサヤカさんが同一人物と思えない。

翌日バスケ部の朝練へ向かう僕は他の生徒より早く登校する。

そんな僕を通学路で待ち伏せたサヤカさんと一緒に登校した。


丁度その頃、開店前のパン屋に電話が入り、天野さんの母から僕の母へサヤカさんがモデル休業の不安から『裕人君にサヤカをお願いしたい』と頼まれたらしい。 

母さん、それはマジですか?・・・


美しい天野サヤカさんの嫉妬深さを僕が知るのは、もう少し時間が経過してからだった。



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