第32話 大人のガールフレンド。

木曜金曜の野外学習から2日後、日曜の朝八時から正午までバスケの部活で汗を流して、灰原中体育館から自宅へ戻った僕は『槇原ベーカリー』店前で立ち尽くす女性の後ろ姿を見た。

日曜が定休日を知らないお客さんと思い、その横を通り抜ける僕へ、

「あ、裕人君、パン屋さんはお休みなの?」

僕の名前で呼ぶのは あいながお世話になったお礼と、手土産でクリームドラ焼きを持参した姉の奈央なおさん。


「はい、常連さんは槇原ベーカリーの日曜定休を知ってますよ」

「私はこのお店の評判を知らなくて、職場の同僚に『槇原ベーカリーは隠れた名店』と聞いて、昨日訪ねたのに何も買わなくて、人気のあんパンを買いに来たの」


本来は食用パンとフランスパンが主力商品の「槇原ベーカリー』だが、母の『より多くのお客さんに喜んで貰いたい』から、同じ円城寺商店街の和菓子屋さんから仕入れる十勝の粒あんでアンパンを作り、同じ商店街の生肉店から仕入れるコロッケでコロッケパン、魚屋さんの辛子明太子を使って明太フランスパンが数量限定で人気商品。


更に父が水曜日から二日間掛けて煮込む牛すじカレーで、金曜日だけ百個限定のカレーパン、それは何処にでも有る揚げカレーパンじゃなく、槇原ベーカリーの焼きカレーパンも人気でお昼頃には売り切れる。


「奈央さん、あんパンがどうしても欲しいなら平日のお昼までに来店してください」

「予約は出来なの?」


「はい、食用パンとフランスパン以外は予約不可です、ついでに言うとテレビ雑誌の取材も一切お断りです」

「だから私がこのお店を知らないのね、今日は諦めて帰るわ」


奈央さんの家が何処かは知らないが態々わざわざ来てくれたのか、少しだけ申し訳なさを感じた僕は、


「ちょっと待って下さい、あんパンは無いけど代わりに食用パンを持って行って」

店舗裏の自宅から二斤のパンを白い紙袋に入れて、

「奈央さん、これ、昨日焼いた食用パンですけど、これで善ければどうぞ」

僕から白い紙袋を受け取る奈央さんは、

「え、貰って良いの?」

「次は営業日に来てください、他所よその店で売っている生クリームや蜂蜜たっぷりの高級食パンみたいに柔らかくない、ズッシリ重い密な『ハード系食用パン』です」


「裕人君、有難う、そうだ『私と付き合わない』って勘違いされてないかな?」

「勘違いとは、今の僕は誰とも交際する気は無いですけど」


「そうじゃないって、私の本音を言うと『弟の様な年下の男友達ボーイフレンド』が欲しいの」

あいなさんが居るでしょ?」


「生まれた妹のオムツを替えたり面倒を見た私を慕ってくれていたけど、初潮から思春期に成ったら愛奈は対等に文句を言うし、遅めの反抗期なのかな」

「それで奈央さんは弟の様な男友達が欲しいと思うのですね?」


「だから男女の恋愛じゃなくて、そうだ、裕人君に勉強を見てあげられるわよ」

現役看護師の奈央さんの学力を知らない僕は疑う積もりは無いが、


「奈央さんは成績が良かったの?」

「こう見えても県立看護大学現役合格から卒業、国家試験合格から総合病院勤務よ」


「出身高校は何処ですか?」

「県立黒松高校よ」


県立黒松高校とは地区一の進学校で、来年は高校受験の僕は合格偏差値が70を超えると聞いている。


「黒松高校なら、どうして医学部を志望しなかったの?」

「黒松高校と言ってもトップと下位は学力差が有って、国公立の医学部は無理な私が私立の医学部なら合格できたとしても、下にあいなが居るから両親に負担を掛けられないでしょ」


兄弟姉妹が居ない一人っ子の僕は、大学進学で父母の負担を考えた事が無かった。

奈央さんは妹思いのお姉さんで大人の女性だと、僕の中で高感度が上昇した。


「どうかな、黒松高校の合格レベルなら学習塾に通わず、学習指導できるよ」

進学塾の学費も馬鹿にならない、両親の負担を考えた僕は奈央さんへ、


「奈央さん、お世話に成りたいけど、家庭教師みたいに家に来てくれるの?」

「そうね、大学生の頃に家庭教師の経験があるけど、親御さんからお茶やお菓子で気使いされるし、あいなの居る私の家は嫌でしょ」


「そうですね、ちょっと気不味いです」

妹の愛奈さんから、僕がなおさんに学習指導を受けていると、一方的に婚約解消したサヤカの耳に入るのは好ましくない。


「そうよ、夜勤の前や勤務開けに仮眠するワンルームを借りているけど、そこなら」

看護師の変則的な勤務時間に、昼間の実家で熟睡出来ないから総合病院に近い部屋が有るから、そこのワンルーム・マンションで学習指導を提案されて、

「お願いします」

僕は素直に受け入れた。


「裕人君、携帯のナンバーは?」

「僕、携帯を持ってないです」


「え、今時の中学生が携帯を持ってないって、ネット動画も見ないの?」

今までは『携帯電話を持ってない』と言えば、そこで友人と会話は終わっていたが、


「実はリンゴ・マークの古いタブレットで自宅のWIFIでネット動画を見ますが、システムのサポート終了でラインやツイッターのアプリが使えません」

橋本はっしーや友人の誰にも言ってない僕の秘密を自白した。


「それじゃぁ、無料のフリーメールはどう?私の携帯メールで繋がるよ、コンビニや役所の野良WIFIが利用できるわ」

部活から帰宅して日曜の昼に立ち話で、自室からタブレットを持ち出して、奈央さんがメールアドレスを設定し、奈央さんの携帯へ空メールを送信して、僕のタブレットにメールアドレスを登録した。


ネットアプリの『サファリ』しか使えないサポート終了のミニタブレットが復活したと思う。


学校の友達や口約束のセフレ女子には言わない、言えない僕に大人のガールフレンドが出来た。

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