第33話 何事も無かった様に。
週明けの月曜日、パン職人の父は午前三時に起床してパン工房で作業を始め、母は六時から食用パンを予約した常連さんに応対する。
僕はいつもと同じ六時半に起きて顔を洗い、母が用意した朝食を取り自分が使用した食器を洗い、トイレで用を済まし歯磨きから制服に着替えるまで十分と少し。
時計代わりに点けているテレビで六時四十五分を確認して玄関を戸締りして、灰原中学へダッシュで駆けて十分、体育館前の渡り廊下でロンTロンパンに着替える。
バッシュを履いて体育館で
中学のバスケ部では夏休み後の二年生中心で望む新人戦と、三年生は負ければそこで引退に成る夏の全中学大会が、全国大会に繋がる年間二回の公式戦。
二学期制の中間テストと期末テストで部活動休止の時期を避けて、バスケ部の顧問はチームの実力を計る意味で近隣の中学数校と練習試合を組む。
高校バスケがウインターカップで盛り上がる冬に、僕達の地区では中学バスケ冬大会のトーナメント試合を行い、それぞれチームの力差を確かめる意味から毎日の練習にも熱が入るのは仕方無いが、朝からお腹が空き給食までの時間が待ち遠しい。
父が焼く食用パンより美味しくない学校給食の乾燥した食用パンで飢えを抑え、水で薄めた様な味の無い牛乳を喉に流し込む。
給食後に教室の掃除を終えて、短い昼の休憩時間に
「槇原君、野外学習ではお世話に成りました、姉がお礼に行きましたか?」
ハイキング中に足を挫き、僕に背負われて山を下った
姉の奈央さんと学習指導の約束も有って、僕と友達に成ったとは言わないが、
「怪我が酷く無くて良かったね」
差しさわりの無い返事を返した。
「これ私からの気持ちです」
「これはナニ?」
書かれた文字を見ないまま訊いた僕も良くなかったが、逆に訊かれた
「え、えっと、槇原君が好きだと言った『酒池肉林』を書いてきたけど迷惑だったかな?」
さすが書道部、冗談の積りで言った四文字熟語が達筆で白い和紙に書かれていた。
「有難う、
これも冗談の積りだが、
「若しも私が書家で成功したら、この『酒池肉林』は人生の汚点に成るからフリマサイトで売っちゃダメよ」
「勿論、
今週月曜から席替えが有り、僕との口論から一方的に婚約解消&絶交と言った天野サヤカと隣席で無くなり、グループ班も別々に成ったのは好都合と思うが、時々刺すような視線を背中に感じるのは、僕の自意識過剰だろうか?
そうだ忘れかけていた、野外学習のフィールドレポートを昼休みに担当の女性教師へ提出した際にその内容をチェックされ、
「これ、槇原君が自分で考えたの?」
「一応、そうですが、なにか不都合でも?」
それは24時間前の日曜日、奈央さんと友達に成り自宅に戻った僕のタブレットへメールが着信した。
(裕人君、宿題の提出に困ってない?)
僕なりに感じていた西暦1600年に起きた天下分け目の戦い、現地に集まった東軍九万人と西軍八万人、
(裏切りが無ければ、その後に三百年続く江戸幕府も変わっていた可能性も有る、四百年前の合戦が嘘の様に
メール返信で僕の感想を聞いた看護師の奈央さんが、
(それ、誰も同じ事を思うよ、小早川の裏切りが無ければ、大阪に幕府が開かれたとか想像しなかったの?、それと今の時期なら秋の七草、
何度か奈央さんとメールでやり取りして、提出できるレベルで宿題を完成させた。
進学校出身の優秀な奈央さんから誘導尋問的な指導で僕は天下分け目の合戦に『若しも、その時代に僕が武将の家に産まれていたら、十五歳で元服して命がけの初陣に参加して命を落としたかもしれない、それから四百年が経ち歴史が変わっても、渡り蝶のアサギマダラは今も生き続いているかもしれない』を書いたレポーを月曜日に提出した。
「誰の指導か知らないけど、文系が苦手の槇原君じゃないみたい」
それはまるで父親が作った夏の工作を提出した小学生の様な気分だった。
その日、自宅で寛ぐ僕に
(水曜の午後六時と土曜の午後2時、私のマンションに来てね)
水曜の部活が終わる時間と、土曜午前のバスケ部練習の予定を確認と安心して、
(分かりました、その時間より少し遅れると思います)
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