第31話 休日の来客。
十月の木曜金曜で行われた一泊二日の野外学習、翌土曜日は部活動が休みになった。
円城寺商店街の『槇原ベーカリー』はいつもと同じ朝の七時に開店する、その一時間前の六時には食用パンを予約したお客さん限定で母は応対する。
早朝三時に起きるパン職人の父と五時に起きる母に申し訳ないと思う僕は、用意されている朝食を取らず正午近くまで眠り続けていた。
母が接客する店先と父が働くパン工房の裏手に、家族が暮らす住宅の玄関がある。
滅多に無いが訪ねてくる友人は、店先の母へ声を掛けるから家庭内フォンでリビングか自室の僕を呼び出していた。
この日も同じ様に部屋の子機が寝ている僕を『ピッピッピッピ』と呼び起こす。
「母さん、なに?」
「裕人にお客さんよ、勝手口から外を回って来なさい」
部活が休みの日は寝ると知っている
ベーカリーの入り口前から、
「もう、気持ちよく寝ているのに訪ねてくるのは誰だよ~」
「お休みの時間に起こしてゴメンなさい」
初対面だと思う大人の女性が頭を下げて僕へ詫びる。
文句を言う積もりは無いが、僕の独り言が聞こえていたらしい女性は頭を下げた。
「いや、そんな、謝る様な事は無いですけど、どちら様ですか?」
「はい、槇原君に妹がお世話に成りました
妹がお世話に成ったお姉さん?さとう?砂糖?佐藤って誰だろう・・・
心当たりが無い僕は暫し考えて、それでも思い出せないから黙っていた。
「あのう、野外学習で怪我して槇原君に背負って貰った
あぁ、サヤカに頼まれて背負って下山した女子の事か、確かに
「それで御用件は?」
「お礼の気持です、これを受け取って下さい?」
白い紙袋に入った箱を僕へ差し出す
「これ御菓子ですか、僕は要りませんから気持だけで結構です」
「人気の生クリームドラ焼きです、これを受け取って貰えないと私も困ります」
「じゃあ、これを
甘味は嫌いじゃないが、身体の事を考えて控えている僕は意地でも受け取らない。
「分かりました、少しお話できませんか?」
「え、僕と話ですか?」
「はい、
同じ商店街の昭和風純喫茶で大人の女性と会話していたら、その内容の全てが母と町内のオバサンへ筒抜けになる。
「近所のカフェより大通りのファミレスなら大丈夫です」
べ-カリーの母へ『少し出かけます』と声を掛けて、
午前十一時までの『モーニングサービス』が終了して、ランチタイムは土日休みのサラリーマン客が居ないファミレスの入り口から、一番遠くのボックス席に座った。
「
「愛奈のお姉さんより、私の名は
「じゃぁ奈央さんと呼びますが、僕から訊きたい事は無いですけど」
「やっぱり最初は
「軽傷でよかったですね」
「うん、足首をテーピングで固定されて痛みも少なくて、愛奈は槇原君の話ばっかりで、顔は怖いけど槇原君だけど背負われた私を冷やかす男子に怒ったり、怪我した私を安心させる様に『酒池肉林』とか笑わせてくれたり、『人気モデルの彼女が居る』って羨ましそうに
あの些細な口喧嘩から婚約解消と言った天野サヤカの事を言うのか、隠す積りは無いが触れて欲しくない話題に言葉を濁したい。
「その件は今イチです」
「え、モデルの彼女と喧嘩したの?」
「喧嘩と言うか、見解の相違で一方的に振られましたけど、誰にも言わないでください」
「男女の交際って難しいから、どちらが悪いって判断出来ないし、誰も悪くないよね」
流石、経験豊富な大人の女性は物分りが良いと感心する僕は、ある事に気が付いて奈央さんの顔を見つめた。
「槇原君の下の名は?」
「はい、
「
確かにそうだけど、年齢の離れた姉妹なら大人と子供で違って見えても仕方ないが、僕が感じた疑問は違う。
「そうじゃないです、正直に言いますが、奈央さんは医療関係者ですか?」
「どうして、そう思うの?」
「これを言うとスメル・ハラスメントに成ると思いますが、派手なメイクやマニキュアをしてなくて、薬剤と消毒液の匂いがします」
「やだぁ、私に職場の匂いが着いているの?」
「少し詳しく言えば、クレゾール消毒液とヨウ素液、エチルアルコールの」
「裕人君の想像とおり看護師よ、裕人君は犬並みの嗅覚を持つの?」
見た目の年齢から新人女医もしくは看護師か、僕が推理した正解にまんざらでも無い。
「そこまで無いですけど食べ物の匂いはもっと敏感です、逆に喫煙者は苦手です」
「へえ~、愛奈の話より裕人君って凄いね、他には何か有るの?」
僕に話を訊きたいとカフェに誘ったのは奈央さんだろう・・・
「僕が知りたいのは、責任者は担当医だけど看護師さんは赤ちゃんが産まれる現場に居ますね、逆に患者が亡くなった後の『エンジェル処置』で送りますよね?」
「そうね、私は産科じゃないけど、担当の入院患者さんを見送った経験は有るわ」
「人が産まれて死ぬ瞬間に立ち会う仕事は凄く大変だと思います、無責任な人間は看護師さんを『白衣の天使』と言うけど、僕は『白衣の戦士』と思います」
お世辞や社交辞令で無く、本音を告げた僕を見て奈央さんは暫し固まり口を開いて、
「裕人君、看護師の苦労を知っているの、ご両親の育て方が素晴らしいね」
「はい、外から見て楽な仕事でもやってみると大変で、辛く見える仕事の実際はもっと辛いって教えられました」
小学生の頃から父母に言われた言葉を僕はそのまま奈央さんへ告げた。
「こんな良い彼氏を振るなんて彼女は後悔するわ、裕人君は今フリーなの?」
もしかしてフリーなら、妹の愛奈と付き合えとか言うのでは、妹思いの姉が言うのか、兄妹が居ない僕には想像も出来ないが、
「裕人君、好きな子が出来るまで十歳年上だけど、私と付き合わない?何でもしてあげるわよ」
十歳上と言うなら奈央さんは二十四歳の看護師さんか『何でもしてあげる』は魅力的な誘いだよ、嬉しくて即答しそうだが昨日サヤカと絶交して、その翌日に友人のお姉さんと交際を始めるなんて、誰にも言えない。
「彼女に振られたばかりで、少し冷静に成ってから返事させてください」
角が立たない様にオブラートで包む言葉を選び、先送りの気持で答えた僕へ、
「やっぱり、十歳年上の私と交際は駄目みたいね、その代わりに職業上の好奇心から質問に答えてよ」
「好奇心って?」
「違う向上心よ、骨折で入院する男子が居るけど、思春期の性欲は底無しなの?」
「それも個人差が有るでしょ」
「じゃぁ裕人君は毎日一人エッチするでしょ、一日に何回なのか、一回で最高何回抜いたの?」
「奈央さんの質問はセクハラですよ」
「セクハラ覚悟で訊いているの、私と交際できないなら裕人君の性欲を教えてよ」
「それじゃあ言いますけど、朝起きて一回、学校から帰って一回、寝る前に一回抜きます、休みの日に何回連続で出るか試したら九回まで出て、最後は透明な汁が出ました」
「九回は多いと思うけど、それに彼女は応えてくれるの」
「別れた彼女とは男女の関係じゃなかったです」
「そうか裕人君は童貞なのね、妹に黙って私と付き合おうよ、返事を待っているわ」
サヤカとは無いが、セフレのエミさんとバージンのユミさんとは関係したけど、ここで奈央さんには言えなかった。
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