第30話 野外学習④ 口論から婚約解消。


県立青少年の家でテント泊を希望した僕は、夜の女子三人の訪問から最後に訪れたサヤカと寝袋シュラフの添い寝で明け方まで熟睡できなかった。


午前七時の朝食へ間に合うように六時に起床して、夜露に濡れたフライシートとテントの底を返して乾かさなければ成らない。

六時三十分、僕が目覚めた時には添い寝したサヤカの姿は無く安堵したが、

僕の他にテント泊した名和君と毛利君は乾燥作業を済まして、テントフィールドを去っていた。


朝食の時間へ遅れない様に、眠い顔を冷たい水でこじ開けて食堂の席に着いた。

青少年の家で頂く朝食は、和風な白米と味噌汁に焼き鯖、納豆と沢庵漬けに生卵と海苔の和風旅館に似たメニュー。


周りに居る級友達は、

「お腹に昨日のカレーが残って食欲が無い」

「小骨が有るから焼き鯖は苦手」

「納豆は嫌い」

口々に文句を言って朝食のおかずを残そうとする。


焼き鯖や鯖の味噌煮、酢鯖の押し鮨が好物の僕には理解出来ない。

「良かったら槇原マッキーが食べてよ」

「うん、食べないなら僕が貰うよ」


その一言で周りの級友達は納豆、切り身の焼き鯖と生卵を僕の前に置いた。

お変わり自由の白米で玉子掛け御飯へ数パックの納豆投入して、カレーライスは飲み物と同じの様に茶碗3杯を御かわりした。


「え~と、食べながらで善いですから聞いてください、今日は天下分け目の古戦場跡を訪れてフィールドワークを体験します、教科書に出てくるいくさの勝利より現地で感じたレポートを後日提出してください」


引率教師の一人は社会科の担当で、1600年に東西に分かれた争そった史跡を見学と個人的感想を求めると言う、これは小学生の遠足ではない中学の社会見学の一環なんだろう。

朝食を終えて迎えの送迎バスに乗り、小一時間で古戦場記念館へ到着する。

サヤカの添い寝で寝不足の僕は引率の体育教師へ、

「先生、体調が良くないので休ませてください」

「そうか、槇原は昨日女子を背負って歩いた疲労だな、適当な所で休んでいろ」

教師の勘違いを好都合と思いながら、


「有難う御座います、後日レポートは提出しますので休息します」

バスから降りて少し歩き、人目の少ない木陰のベンチで横に成った。


朝晩は冷えるが昼間は日差しの温かい秋の青空を眺めて目を閉じると、金木犀きんもくせいの香りを感じて、その香りをトイレの芳香剤と言う人が居るけど、本物の金木犀と芳香剤が同じなんて嗅覚が衰えていると思う。


そんな心地良ここちよいベンチで横に成り、僕は眠りに落ちる寸前に、級友達はフィールドワークで関ヶ原の古戦場跡を巡る。


レポート提出の宿題も有るが、

過去に家族で訪れた僕は、左右から山が迫る狭い地域で、当時に天下分け目の合戦で西軍の大将は笹尾山ささおやまに、東軍の大将は桃配山ももくばりやまに陣を置き、形勢を逆転した西軍の裏切り者は松尾山まつおやまに陣を敷いたと記憶している。


ついでに言えば、近隣の魚が泳ぐ鍾乳洞や薬草が産地の標高1300メートルの頂上へ父の車でドライブウェーも経験していた。


旧跡のレポートはなんとでも成るから、今は静かに眠りたい。


「裕人君、大丈夫、私が佐藤アイちゃんを背負ってと頼んだから疲れているのね?」

そうじゃない『サヤカが添い寝したから僕は眠れなかった』と言い返したいがグッと我慢して、


「少し眠れば平気だから、僕を放置して欲しい」

「それでも心配、此処で寝ると風邪を引くから、私がそばに居るわ」

サヤカには何を言っても水掛け論と思い、


「僕は寝るから何も言わない、サヤカの好きにして」

好きにしてを許可されたと受け取るサヤカは、目を閉じた僕へ一方的に話し始めた。


「前から裕人君に訊こうと思っていたけど、私がモデルに復帰した時に裕人君が元彼で私に迷惑を掛けるからって『彼氏じゃない』言ったの?」


それは随分前に橋本ハッシーに告げた本音で、男と男の約束で誰にも言わないと言った話をサヤカが何故知っている。


「それ、誰から聞いた?」

ベンチで横に成り目を閉じる僕は逆に質問した。

「誰から聞いたなんて言えないわ、女同士の約束だから」

橋本ハッシーにだけ話した話を女子から聞いたと言うサヤカ、それは橋本ハッシーの彼女、バスケ部の女子マネ吉田サユリさんからだろう、口の軽い男だ。


「私がモデルに戻る気が無いって裕人君は知っているでしょ、なんでそういう事を言うの?」

変わりやすい女性の心は秋の空と言われる、サヤカの心変わりも有ると僕は想像していた。

「笑顔が苦手でもモデルは出来ると思うけど」

「そんなの無理に決まっている、素人の裕人君に業界の何が解るの?」


ちからを込めて否定するサヤカヘ、ベンチから起き上がった僕は、

「素人の僕が言うより、お世話に成ったモデル事務所の社長やマネージャーが言うなら僕も諦めるけど、ほら『諦めたらそこで試合終了ですよ』と有名なバスケ監督の名言が有るから」


「バスケの監督が言う名言なんて知らない」

日本中のバスケットプレーヤー以外でも、男子なら誰でも知っていると思う安斉あんざい先先の名言を否定するサヤカに、僕は少しだけ苛立いらだった。

「それはバスケだけじゃない、人生でも『諦めたら終了です』の意味があるから、サヤカはモデル復帰の可能性を否定しないで欲しい」


「裕人君がそこまで言うなら社長に『笑顔が苦手なモデルに仕事は有りますか?』と聞くから、その代わり私の気持ちを理解出来ない裕人君とは婚約解消するからね、もう絶交よ」


他の人には痴話喧嘩に見えるかもしれないが、頭に血が登ったサヤカは真顔で婚約解消を口に出した。

売り言葉に買い言葉、いつもは冷静を心がける僕も、

「解った、これからは普通の同級生だからな、天野さん」


プンプン怒る天野サヤカはベンチから立ち上がり、クラスメイトが居るだろう史跡巡りへ向った。


正午を過ぎた頃に集合時間と成り、予約したバスで灰原はいばら中学へ戻り、サヤカとは無言のまま解散と成った。

「明日の土曜日は部活動休止です、ゆっくり休んでください」

翌日の休みは一日寝て過ごそうと寝不足の僕は思った。

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