第130話 母の味を伝授。
今年で三十九歳に成った父が中学生の頃にあの『ゆとり教育』が始まった。
教員の休日確保の為に土曜日が休校に成り、授業では円周率が3.14から3と教えられ、年間の授業数はそのままで遠足や音楽会、運動会の校内イベントも省略された。
『ゆとり教育』開始から約十年で小中学生の学力が著しく低下した結果、隔週の土曜日を登校日に変更された。
父母は休校日の土曜もベーカリーを開店して自宅には僕一人の朝、そんな土曜日は
ぐっすりと眠れた満足感に包まれて起きた僕は、今が朝か夕方なのか時間の感覚が迷定まらない。
取りあえず二階の自室から階段を下り、誰も居ないはずのキッチンに向かいランチの献立を考える積りが、
「
ベーカリーに居る母がエプロン姿でキッチンに立つ、その横には天野サヤカさんもエプロンを着ている。
「こんにちは、と言うより、いらっしゃい
寝起きの頭でこの状況が理解出来ない僕は、そう言うしかなかった。
「美由紀さんから連絡を貰って、お昼から料理教室よ」
美由紀さん、それ母は名前だが、家の中では父も僕も『お母さん』と呼ぶから母の名前を聞くのが何時以来だろう・・・
「サヤカちゃん、美由紀さんって他人行儀でしょ、私はお母さんで善いわよ」
「ハイ、お母さん」
何だよ、まさか僕を驚かすドッキリコントか、『鳩が豆鉄砲を食らった様な顔』の言葉を知っているが、今の僕はそんな顔をしていると自覚している。
「えっと、これはどういう事?」
いつもは土曜日でも十五時過ぎまで店で接客している母がどうして家に居るのか、それが最初の疑問と、天野さんが母から料理を習うのは???
「食欲と睡眠欲とバスケしか興味の無いバカ息子が『母さん、産んでくれて有難う』なんて泣かせる言葉を言うのは、きっとサヤカちゃんのお陰だと思う、だから私は裕人の大好物をサヤカちゃんに教えたいのよ」
母の説明で『バカ息子』と言われて恥かしい僕へ、
「そう言う事、いつも『好き嫌いが無い』って言う裕人君の大好物を学びたいから」
それ以上の解説は必要ない僕は黙って二人の様子を見守った。
「そうそう、茶碗蒸しの出汁は冷めてから裏ごしした玉子と混ぜて、鶏肉や里芋、エビ銀杏が無くても具材は有る物で良いのよ、次は鳥軟骨の唐揚と・・・」
「こんな感じですか?」
「そうよ、鳥もも肉は小さく切って、炊き上がってから千切り生姜を入れて混ぜて」
母は好物のレシピを実演しながら
どれも僕の好物で、それらが一度に食卓に並ぶのは正月かクリスマス、僕の誕生日しかない。
「サヤカちゃん、裕人は焼き鳥の中で一番好きなのは『鳥皮』だから忘れないで、あと鳥皮の唐揚も大好きだけど、食べ過ぎるから沢山作っちゃダメよ」
「どうしてそこまで教えるの?」
天野さんのアドバイスで僕が母へ『産んでくれて有難う』と言った、それだけが料理指導の理由と思えない僕は母へ問う。
「そうね,裕人の大好物を私がいつまでも作って上げられないでしょ、だからサヤカちゃんにお願いするのよ」
その言葉を聞いた僕は母の体に何かが起きたのか、常連客と雑談で笑顔の母が雅か?
「母さん、どこか具合が悪いの?」
「え、そう言う事じゃなくて、いつかは子供より親が先に逝くでしょ、その時に困らないようにサヤカちゃんに裕人を託すのよ、お願いねサヤカちゃん」
「はい、裕人君のお世話、確かに承りました」
アレ、アレ、それって、僕が天野さんに贈与相続されるの?
十五歳の誕生日が過ぎて僕は元服で一人前と認められたのか、と言うより手が掛かる僕の世話を委任したと思う。
「良いサヤカちゃん、男の心を捕まえるのは『胃袋』と『玉袋』よ」
「お母さん、『胃袋』の意味は分かりますけど、『玉袋』が理解できません」
「まぁ、二人は未だなのね」
「ハイ、裕人君は『責任の取れる年齢までは駄目』ってキスもお預けです」
「ムッツリな裕人らしいけど、部屋のゴミ箱はアレの匂いがするティッシュで一杯だけど、最初は裕人の胃袋を捕まえなさい」
「ハイ、お母さん」
何だ、二人の会話は、全部僕の悪口じゃないか・・・
「サヤカちゃんの素直な返事ね、やっぱり産むなら女の子が良いと思うわ」
あ~何も家事を手伝えない男で悪うございました、僕は心の中で何度も繰り返した。
隠していた積りが僕の顔に出ていたらしく、
「裕人、母さんとサヤカちゃんに文句が有るなら食べなくていいのよ」
僕の不満を母には見透かされていた。
「いえ、何の不満も有りません、二人の作ったご馳走を美味しく頂かせてもらいます」
茶碗蒸しと鳥軟骨の唐揚、鳥もも肉と生姜の炊き込みご飯、メイン料理は揚げた薄切り豚肉を甘辛タレに絡めた食感と美味さに僕は逆らえない。
一人で接客する父がベーカリーを閉店させて家に戻ったのが午後三時。
母から
「あ、食卓に俺の大好物が並んでいる」
僕が好きな料理は父の好物でも有る。
「お父さん、それ全部サヤカちゃんが作ってくれたのよ」
母の説明に驚く父
「え、これは凄いな、裕人、料理上手な彼女が出来たな」
いや違うよ父さん、それは母さんが教えたからで、否定出来ない僕を無視して、
「有難うございますお父さん、そんなに誉められて凄く嬉しいです」
ファッション雑誌とCMモデルで培った満面の笑顔が父と母の心を鷲づかみしてると感じた。
それから数時間後、食後の洗い物を手伝った僕は
「ねえ裕人君、『胃袋』は掴んだけど、『玉袋』はイツ掴んで好いの?」
僕の部屋で二人きりになって、なんとなく嫌な予感は有ったが、
「そこは未だ先だよ」
苦し紛れに返事する僕に
「お誕生日が来て十五歳に成った裕人君からキスして好いよ。それとも一人エッチしたいの?」
口では強がりを言う僕は、先に誕生日を迎え
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