第131話 クリスマス前の二人。

十月 晦日みそかのハロウィーンが終わった翌日には、父母の槇原ベーカリーが並ぶ円城寺商店街の飾りが赤と緑のクリスマス・バージョンに変わる。


其々の商店が特別なクリスマスの企画することも無く、そのまま年末年始準備の買い物客に備える。

豆腐屋の仕事を孫に譲った円城寺商店街の会長を務めるのご隠居さんは、三角帽子を被り『これは地毛だ』とサンタ・クロースの様な白髭を自慢する。


意味も無くせわしい年の暮れ、やれ年賀状だ、ほら御歳暮だ、お節の予約は未何処に頼むか、正月飾りの餅は、店が忙しくて大掃除が出来ないなら小掃除で済ます、とか・・・

母は毎年同じ事を繰り返し言うが、今年も僕のお年玉に触れない。


数年前に甘味が苦手な父と僕はクリスマスケーキを食べないと母へ申し出て、同じ頃中学生に成った僕は誕生日ケーキも要らないと言った。


「分かったわ、その代わり正月の御節だけは用意するから」

母が御節を用意すると言っても、御節を作る事も無く、評判な料亭監修の御節をスーパーか通販で予約購入するだけでも、どれを選ぶ楽しさが好きらしい。


元々御節料理と餅は、正月の数日間は家事を任される女性が火や水を使わない為の保存食らしいが、今は元日からショッピングモールのスーパーやコンビニも営業しているから食べる物には困らない。


こんな話題で毎日 天野サヤカさんと登下校している僕へ、

「ねぇ裕人君、本来の意味を知らずに盛り上がる日本のクリスマスって変だよね」

主キリストの誕生日は知っているが、クリスマス当日に何をするのが正解なんだろう。そんな僕に天野サヤカさんは、


「私ばっかり話しているよ、裕人君も何か言ってよ」

「そうだね、クリスマスは大切な家族と過ごす時間かな?」


「そうね、教会に行ってお祈りする日本人っているのかな?」

「あの人ならきっと教会で祈ると思うよ」


「え、それって誰、有名人?」

「うん、社会の本に載っている天草四郎時貞さん」


「それ面白くないけどギャグの積りなの?」

「僕は真面目に答えた積りだけど」


気不味い空気を感じる僕へ、

「私の家は単身赴任のパパが早めの冬季休暇で帰ってくるから、両親と三人でクリスマスを迎えるわ、裕人君ちは?」


「僕んちは日曜以外仕事だし、甘いケーキも食べないし」

「え、クリスマスにケーキが無いなんて、経済的に生活が苦しいの?」

天野サヤカさんから哀れだと同情されたのか、それとも小馬鹿にされたのか分からないが少しだけ気に触る。


「違うよ、ケーキは無いけど、父さんがシュトーレンを焼くから」

「え、シュトーレンって何?」

シュトーレンは外国の焼き菓子と言うか、クリスマスに定番のハード系パンだと思うが、パン職人の父は毎年違ったドライフルーツやナッツを入れたりするから、僕の知識では説明が出来ない。

「教えない、自分で調べれば」

「どうしてそんな意地悪言うの、なにか私が裕人君を怒らせたの?」


「別に怒ってない、僕が上手くシュトーレンを説明出来ないだけだよ」

「本当に?」


「あぁ本当に怒ってないよ」

「じゃぁ、『僕はサヤカが好き』って言って」

え、なんで、そこに成るのか、


「一回しか言わないからね、僕はサヤカが好きだよ」

「やったぁ~、今日一で嬉しい」

午後四時を過ぎた夕暮れの街角を歩く、僕と天野サヤカさんの会話を見知らぬ人に聞かれていたら絶対『あれは馬鹿ップル』と思われるだろう。

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