第63話 笑顔の理由。

ホワイトデーのお返しは何が希望かを天野さんに訊く為に訪ねて、気持ちだけでいいから『サヤカを好き、愛している』の言葉から、物的証拠の書面に署名と捺印を求められた。

こんな事なら女子が喜ぶプレゼントの方が楽だったと思い、早々に帰ろうとする僕へ、

「ねえ裕人君、話は変わるけど私の新しいCMを見てくれた?」

何気ない世間話のように天野サヤカさんが引き止める。


新しいCM とは、昨年末に『お父さん心配しているから、これを飲んで早く風邪を治してね』半泣き顔の天野サヤカさんが娘役を演じた風邪薬のCM、その製薬会社が十五歳以下でも飲めるノンカフェインのエネルギードリンク『青春ファイト・ジュニア』を高校、大学受験の学生向けに発表、発売から高評価を得ていた。 

「大好きなお兄ちゃん、これを飲んで受験、頑張ってね、サヤカも応援してるよ」

笑顔で兄へドリンクを差し出すバージョンと、

「いつも優しいお姉ちゃん、これを飲んで受験勉強を頑張ってね、サヤカは応援してるよ」

兄と姉へ妹役のサヤカが演じる2バージョンの十秒CM


偶然にも母が見ていた韓流ドラマでその映像を見たが、天野サヤカさんに感想を言ってなかった。

「あぁ、見たけど言うのを忘れていた」

「どうだった?」


「成長に影響が無いカフェインレスでしょ、良かったよ、でも?」

そうだ、自然な笑顔が苦手の天野サヤカさんがこのCMで満面の笑顔を見せる、突然に演技力が覚醒したのか、一体どうしたのだろうと感じていた。


「上手に笑えていたよね、CMの撮影現場で楽しい事が有ったの?」

「ううん、面白い演出なんて無いけど、善い事を思いついたのよ」


「へえ~、僕にも教えてほしいな」

「え、どうしようかなぁ~、裕人君が怒らないって約束してくれたなら言っても良いけど」

そこには僕が怒るような理由が有るのか、自分の胸に手を当てても何も思いつかない。


「怒らないって約束するから、笑顔の理由を教えて」

「絶対だよ、あのね、今までのCM撮影は凄く緊張して上手く笑えなかったけど、私に『からかわれて』困った顔の裕人君を思い出すと自然に笑える様になったの、勝手に利用してごめんね」


それって、からかい上手の天野さんじゃないか、怒らないと約束したから文句の一つも言えない僕の表情は不機嫌に見えているらしい。

「あ〜やっぱり怒った」

「別に怒ってないよ」


「じゃぁ裕人君、口角を上げて私に笑ってよ。ほら富む時も病める時も愛するって約束したでしょ、テレビの芸人さんは笑いを取ると『美味しい』って言うよ」


美味しいとか言われても僕は芸人を目指してないないし、とは言え何か言い返したい僕は、

「そうねCMモデルと女優さん、次は天野サヤカさんの歌を聴きたいな」

「え、歌は好きだけど人前で歌えないよ」


「かわいい声をしているのに残念だな、じぁ謎解きかクイズ番組は?」

「それこそ無理無理、もしかして裕人君、私をイジメているの?」

天野サヤカの困り顔を見て笑おうとした僕は、瞳に涙を浮かべる彼女の半泣き顔に自己嫌悪して、

「ごめん、もう二度と意地悪は言わないから機嫌を直して」

「本当に?」


「うん、誓うよ」

「えへ、ウソぴょん、元々泣き顔は得意なの、その誓いは忘れないでよ」


女優を目指す天野サヤカの演技で見事にやられた。

悪戯好きな小悪魔女子は現役の人気CMモデル、演技に興味を持ちこの先に本格的に女優を目指すのか、いろんな意味で<将来女優のパートナーに成るなんて>不安しかない僕は言葉が出ない。


その後、灰原中学の校内で天野サヤカさんは、誓約書の関係を匂わしたりこじらせたり一切しなかった、さすが未来の女優候補だと感心する。



年度変わりの春休みに他中学と練習試合の予定が無いから、男子バスケ部顧問の筒井先生が転勤する噂を聞いたが、三月三十一日の離任式に参加してなく灰原中学に在任らしい。



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