第64話 偽の姉と妹。

三月の最終週から四月初旬までの春休み、僕が忘れていたお花見に松下エミさんから誘われて、夜のカップルが有名な山下公園でお花見を想像したが、日本各地に同名の河川が存在する『大江川おおえがわ』は市内の中央を流れ、ソメイヨシノが両岸に連なるように咲く。

<桜が舞う春の風と川面かわもに浮かぶ花筏はないかだ、日暮れからライトアップされた幻想的な夜桜が春の訪れを感じさせる>

と地元掲示板の広報ポスターに印刷プリントされていた。


からくり人形の屋台やたいが有名な飛騨、祇園や岸和田の山車だし、それ以外に山鉾や曳き山などと呼ばれて、全国的に有名な祭りと違い、町内の子供みこしと出店のB級グルメを楽しむ地元の春祭り。


人ごみが苦手な僕でも咲く誇る桜に誘われて、顔には出さないが心が躍る。


松下エミさん、僕はナンパ避けのボディガードでしょう?」

「それも有るけど、私は裕人お兄ちゃんと花見をしたかったのよ」

そうか、僕は兄役で松下エミさんが望む、兄妹きょうだいの設定を思い出した。


お花見は『花も団子も』の言葉通り川沿いの歩道に何件もの屋台も出て、リンゴ飴や綿あめの甘い香りに、醤油やソースの焦げる匂いは僕の食欲をそそる。


周りを歩く桜祭り見物客より食べ歩きの屋台に関心が集まる僕へ、

「あれ、裕人君じゃない、人混みが苦手なのに桜祭りってどうしたの?」

背が高い僕に隠れるような松下エミさんに気付かない奈央ねえさんが声を掛けてきた。


初詣で僕と一緒の奈央ねえさんを目撃した記憶の松下エミさんは、

「始めまして、裕人お兄ちゃんの妹の絵美エミです」

それは奈央ねえさんを警戒するのか、それとも礼儀的に目上の人へ先に挨拶する、

「あら、初めて聞くけど裕人君に妹が居たの?私は裕人君の姉よ、だから絵美エミちゃんも私の妹ね」

え、え、え、奈央ねえさんは姉と言う立場で上位マウントを取るのか、春祭りで初対面の姉役と妹役で修羅場が始まるのか・・・


僕の心配を他所よそ松下エミさんから、

「女優さんみたいに綺麗なお姉さんが出来て嬉しいです」

元々は人付き合いの苦手な僕と違って、社交的で誰にも笑顔を見せる松下エミさんの言葉に、

「私も絵美エミちゃんみたいに美少女の妹を自慢したいわよ」

それがお世辞なのか、社交辞令なのか、判断できない僕を無視して、


「私となにか食べに行かない?」

奈央ねえさんの誘いに松下エミさんは、

「はい、実はこの後に裕人お兄ちゃんを『春のスイーツ&フルーツフェア』へ無理矢理でも誘う予定でした。


甘味が苦手な僕がスイーツ&フルーツフェアなんて、『本気まじで無理です』の願いも虚しく。仮想バーチャルの姉妹に逆らえない僕は『春のスイーツフェア』会場へ連行された。


春のスイーツって和菓子の『桜餅』しか思い浮かばないし、春のフルーツって『苺』しかないでしょう?


案内されたテーブル席に着き、高さが30cmを越えるジャンボス・トロベリーパフェをオーダーする女性二人を横目で見て、

「僕は常温の牛乳ミルクで」

カフェンを避ける僕はコーヒーや紅茶も飲まないし、いつもは水と麦茶と牛乳から選ぶから、スイーツ&フルーツフェアでの選択肢は牛乳ミルクしかない。


そしてご他聞に漏れず、女性スタッフがテーブルに置いたジャンボパフェをインスタ栄えの撮影してからスプーンで口に運ぶ。


「裕人君も私のストロベリーパフェを試食シェアする?」

悪気は無いと思うが奈央ねえさんは僕に問うけど、もしも僕が一口でも頂くと絵美さんのストロベリーパフェも試食することに成る。


それは甘味が苦手な僕に取って罰ゲームと思う。


パフェの苺と生クリームも溶けてしまえば殆どが水分と思うが、小柄な女性二人は30cmを越えるジャンボパフェを完食した。

「これから二人はどうするの?」

とりあえず桜と春祭りの件は終わったと思う僕は解放を願い、さり気なく尋ねた。


「そうね、特に予定は無いけど、ゆっくり絵美エミちゃんとお話したいな」

奈央ねえさんの誘いに妹役の松下エミさんも、

「そうね、私もお姉さんと同じ事を考えていたわ」


そうさ、二人でおしゃべりを楽しんでくれれば好都合と僕は、

「それじゃ、これで僕は帰るね」


「え・・・」

絶句する松下エミさんに続いて、

「何を言っているの、裕人君が居ないと姉妹が成立しないでしょう?」

奈央ねえさんの指令に妹の絵美さんも大きく頷いて、


「そうよ、あ、そうだ、三人でカラオケに行きましょう?」

絵美さんの提案に僕から、

「歌は苦手だよ」

無茶振りに無駄な抵抗をしてみるが、

「お話が目的だから、裕人君が嫌なら歌わなくて善いよ」

奈央ねえさんは絵美さんに賛同するから、僕の希望は2対1で却下された。


奈央ねえさんと絵美さん、僕は駅前のカラオケ店に移動して個室に入った。


嫌なら歌わなくて善いよと言った奈央ねえさんは店のタブレットから曲を選択して、

「私は『ニーシャ』が紅白で歌ったアレにする。絵美ちゃんは?」

「私も『みょんあい』が紅白で歌った『僕はロックなんて聞かない』にします」


なんだよ、二人とも歌うき満々じゃないか・・・

「裕人君は何にする?」

「え、僕は恥かしいから遠慮するよ」


「大丈夫、カラオケに来た人は歌いたいばかりで、他人の歌なんて誰も聞いてないよ」

確かにそうだよな、それならと

「桜にしようかな?」

「どの桜?」


「男性が歌う20年くらい昔の桜だよ」

「裕人君が産まれる前の『桜』って?」


「母さんの鼻歌で知ったんだ」

そう、僕が小さい頃の母さんは鼻歌で『スピッシ』や『松多聖子』をよく歌っていた。

令和の時代に平成の歌を、そして昭和アイドルの『白いスイートピー』を歌う羽目に成った。

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