第17話 自己の責任事故。

JRと私鉄の複合駅と市バス・ターミナルの東口が表玄関なら、新幹線改札の西口を駅裏えきうらと言う人も多い。

駅西口の近辺は夜遅くまで営業する居酒屋やラーメン店などの飲食業と、出張サラリーマン向けのビジネスホテルが建ち並ぶ。

松下えみさんは用件が済んだらラーメンを御馳走すると言い、昨日の練習試合より疲弊した僕は、ニンニクたっぷりの『ベトコン・ラーメン』<ベストコンディション・ラーメン>を思い浮かべていた。


駅西口から50m、平日なら帰宅するサラリーマンと下校の学生が多い鶴屋書店の駐輪場に、学生風の男がリュックを背負い立っていた。


およそ170㎝の中肉中背に黒セルの眼鏡と似合ってない茶髪に、僕はゲームマニアかアニメオタクと想像した。

年上の大学生を見下すつもりは無いが、万が一でも体力的に負けない自信がある。


「エミちゃん、告白の返事を聞かせてよ」

「だから、面白く無い人とは付き合えない、いい加減にして付きまとわないで、ストーカーで訴えるわよ」


松下さんの『ストーカー』に反応した大学生は此方に歩み寄り、

「その彼と付き合うのか?」

その彼とは僕の事か?


「そうよ、ねぇ裕人ひろと君」

そう言う松下さんは、僕にアイコンタクトでウインクした。


「あぁ、そうだよな、エミ」

前もって言われた様に松下さんをエミと呼んだ。


「そうか分かった、君にエミちゃんを任せるから最後に僕と握手してくれ」

男は僕に一歩づつ近寄り、


「右手にバッグを持っているから、握手は左手で申し訳ない」

男は右手にリュックを持ち、僕へ左手を差し出す。


「良いですよ、左手の握手ですね」


ここで言い訳をさせて貰えれば、公園デートのキスと篠田ユミさんの胸に触れたドキドキと深夜の成長痛で昨夜は熟睡なかった。

今日の練習試合で強豪校相手に僕の出場時間も長くて疲労していた。

食事前の今が最高に空腹で意識散漫だった。

そして僕<183cm>より小さい<170cm>クイズおたく風の学生に油断していた。


バスケの試合中に左側へのディフェンスなら、左足を引いて対応できるディフェンス・ポジションを取るが、ここでは両足を平行に正対してしまった。


その瞬間、目の前の男は差し出した左手で僕の左手と握手せず、通行人のように僕の横をダッシュですり抜けた。

バスケで言うなら、僕はマンツーマンを外されてドライブを決められた状態から、


「エミ、僕から愛の重さを知れ~」

右手に持ったリュックを凶器にして松下エミさんへ振り下ろす。


バスケなら僕は退場覚悟のアンスポーツマンライク・ファウルで横を抜ける男へシュルダーブロックで飛び込んだ。


狙われた松下エミさんもバスケのサイドステップで僕の後に隠れたが、リュックの射程距離から離れてない。

凶器のリュックが路上に落ちて大きく『ゴオン』と重い音を立て、それはPCかタブレットのハードボディか、そんなモノが女子の頭や顔に直撃したらタダではすまない。

横へ飛んだ僕と男の身長差で僕の頬から鼻と男の側頭部が『ゴン』と音を立てて激突した。


「きゃぁ~」

松下エミさんの悲鳴と衝撃音で通行人がこちらへ振り返る。

その衝撃に『目から火が出る』とはよく言ったものと思い、脳が揺れて目眩めまいする僕は自分の手に生暖なまあたたかい何かを感じる。

僕のシュルダーブロックで駐輪場へ倒された男は、側頭部を手で押さえリュックを拾い『ワア~ァ~』と叫びながら西口方面へ逃走した。


「マッキー、大丈夫?」

「多分大丈夫と思うけど、鼻と頬が痛い」

と痛いところに当てた手と着ていたバスケ部のジャージが赤く染まった。


「マッキー、いま立てる?止血できる所に行くわよ」

目眩めまいは治まったが足取りの不安な僕を横から松下エミさんが支えて、近くのビジネスホテルに入った。

此処ここ何処どこ?」

「パパがオーナーなの、心配しないで」

ビジネスホテルオーナーのお嬢さんかと思う松下エミさんは勝手知ったる何とかで救急箱を探して、怪我した僕の治療でホテルの空室へ入った。


「鼻血を止めるからジッとして、男の子でしょ、少しくらい痛くても我慢してよ」

打撲の頬に絆創膏と鼻腔に丸めた綿を詰められ、その上から保護のガーゼをサージカルテープで止めた。

口に溜まった血液をティッシュへ吐き出して、顔が熱くジンジン痛い僕から、


松下エミさん、僕の鼻が取れてない?」

冗談でなく本気で訊いたが、

「出血以外に鼻は大丈夫、もし取れていたら大変よ、ここで止血より救急車でしょ」

松下エミさんの冷静な説明で少し落ち着いた。


「市販薬だけど、これ生理痛用かな、痛み止めが有るけどどうする?」

ロキソかイブブロ、アセトアミノと思い、

「市販薬でも痛みに効くなら貰うよ」

やまいは気から、と言うが、痛い鼻に心臓が有るのかと思う位に鼓動する。


ホテルの個室に入室したのは分かったが、広いベッドに座っていると今更気付いた。

さらに室内を見回すと派手な内装とガラス越しに大きなバスタブが見える。


「ここって、本当にビジネスホテルなの?」

中二、14歳の僕は単純な疑問からオーナーのエミさんに尋ねた。

「うん、ここね、元は廃業したラブホだったの、パパの会社が買って最低限の改装でリニューアルオープンして、宿泊以外のに昼間の休憩やサラリーマンの昼寝に人気なの」

若いカップルが入り難いラブホから、看板を変えてビジネスホテルへ転用の企業努力に感心する。


「マッキー、迷惑かけてゴメン、私を守る為に怪我までさせてゴメン、血が付いたジャージを洗うから脱いで、私に出来る事なら何でもするから言ってね、あ、そうだ、今から洗うジャージが乾くまで、あれで混浴しない?」


松下エミさんはガラス越しの大きなバスタブを指差して混浴を誘うが、


「イヤイヤ、怪我して入浴は血圧が上がって、また出血するから遠慮するよ」

何とか理由を付けて断る僕は、松下エミさんは男性経験が有って、それを想像するだけで股間が反応するし、混浴で全裸を見せ合ったら、言い訳が出来ない状態で恥かしい事に成るって言えるはずもない。


「そうね、入浴は傷に響くよね、違うことなら善いよね」

違うことなら、中一で初体験を終えたと言う松下エミさんは、同世代の女子より別次元で大人の雰囲気を漂わせ、元人気モデルのサヤカよりも色っぽい。


一緒に居るだけで興奮しそうな僕だが、鼻血で嗅覚を奪われたのが幸いして女性特有の甘い香りに誘われることは無かった。


鎮痛剤の効果で痛みは和らぎ、睡眠不足と疲労と薬の副反応で少しだけ眠い僕へ、

「食事まで寝てて善いよ、適当な時間になったら私が起こすから」

可愛い顔がちょっと怖い小悪魔的なイメージの松下エミさんは、自分が原因でも怪我人の僕に優しくしてくれる。


お言葉に甘えて少しだけ休まして貰おうと僕はまぶたを閉じた。



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