第167話 合否発表。

三月八日の灰原中学卒業式、翌三月九日から僕と天野サヤカさんは二泊三日の思い出旅行へ出かけた。

その旅の帰り際に天野サヤカさんからの別れ話に、僕は戸惑いながらも男らしく未練を断ち切る積りでいた。


それから数日、今までは一度寝入ったら夢を見る事無く朝まで爆睡する僕は、天野サヤカさんが小さく手を振り、桃色の唇が『さようなら』と言う夢を何度も見た。


当たり前のように天野サヤカさんから連絡は無い、もしも僕が携帯スマホを持っていたらメールかラインで連絡できると思うのも女々しい。


そして三月十四日の木曜日、公立高校入試の合格発表日。


両親が高校受験の頃は合格発表の朝、受験した高校の玄関前に合格した受験番号が張り出されていたらしいが、数年前から混雑防止と不合格者への配慮も兼ねて教育委員会のホームページに午前九時から合格者の受験番号が開示される。


携帯スマホか自宅にネット環境が有れば合否の確認を出来て、桜が散った受験生は態々わざわざ高校まで足を運ぶ必要も無い。


それと同時に合格者の入学手続きも始まり、県内の遠方から受験した生徒の為に五時間後の十四時まで高校の事務窓口が開かれている。


ここまでが僕の予備知識で、十四日は両親がベーカリーを営業しているから、僕は自宅のデスクトップ・パソコンを数分前から起動させて開示の九時を待った。


アクセスが集中している教育委員会のサーバーがダウンしてるのか、受験生用のページに繋がらないが何度目かのアクセスで開いた。


「え~っと、白梅高校普通科の合格者番号は・・・」

僕以外誰も居ない自宅で呟きモニターを確認して、

「有った、僕の受験番号が、やったぁ」

そうだよな、合格する自信は有ったけど、こればっかりは結果が出ないと不安だった。


直ぐに自宅と繋がる槇原ベーカリーへ向かい、パンを焼く父と接客する母へ、

「無事、白梅高校に合格しました」

と報告した僕へ、

「裕人の 、サクラ満開だね」

満面な笑顔の母と、

「兎に角頑張れ」

と父。


締め切りギリギリで出願変更した僕は、同じ中学の生徒と顔を合わせない様に、昼食を食べた午後一時前から入学手続きに行こうと思う。


暫くして母がベーカリーから戻り、

「裕人、入学手続きだけど、私も一緒に行った方が善いの?」

来月から義務教育ではない高校生に成る僕は、親の同伴なんて必要ないし恥かしいお年頃だよ。

「教科書や物品購入が有るから、必要なお金だけ持たせて」


「うん、偉い偉い、裕人はもう何でも自分で出来るね、任せたわよ」

てな流れでチャリを漕いで白梅高校へ出発したのは十三時を過ぎてしまった理由は、昼食を食べてから合格した気の緩みで少しだけうたた寝してしまった。


更に出発前に中学時代の制服を着用するべきかと悩んだのも遅れた理由で・・・


午前中に入学手続きを終えた受験生が帰っていく逆方向の僕は駐輪場にチャリを停めて、白梅高校の北門から校舎内の窓口を探して歩いた。


未だ数人の受験生が残る教室が手続き会場で、最後尾に並んだ僕は受験表と財布を確認した。


僕の順番が来て、A4サイズの書類が入った封筒と教科書リストを渡された。新入生が購入する共通教科の国語、地理歴史、公民、数学、理科、保健体育、芸術、外国語、家庭、 情報、十科目の教科書と春休み中の課題テキストを買い求めた。

『新生活の期待を胸に』と受け取った教科書とテキストが重い・・・


その他の入学の手引きとか部活紹介のパンフレットは帰宅してから読もうと、持参したサブバッグに詰めて駐輪場へ戻る僕の後から、


「お~い、マッキー、遅かったな」

どこか覚えの有る顔と声に、あれは?と思う。

目の前には中学最後の全中で灰原中学に勝利し、全国準優勝の神山中学のキャプテンで全国ベスト5に選出された石川拓実が居た。


槇原マッキーも白梅に合格したなら、これで安心だ」

元々は石川が『白梅に日本一の野村先生が来る、俺たち一年生で全国優勝を目指そう』と誘ったから僕は青竹から白梅に出願変更した。


「石川君も合格したんだね」

「おいおい、君付けなんて他人行儀だな、お互い為口で行こう」


バスケの上手さと高いコミュ力が親友の橋本ハッシーに似ているのも気に入らない。

「親しき仲にも礼儀ありだろ石川君、それで僕に用件は何?」

槇原マッキーは厳しいな、用件と言うのは入学式前でも部活に参加できるらしい、明日の九時から十二時までここの体育館に集合な、遅刻するなよ」

入学式前でバスケ部の練習に参加するって、マジかよ・・・


「僕と石川君の他は?」

「うん、俺が誘った十人の内、槇原マッキーを含めて六人が受験合格した」


僕を入れても石川と七人の一年生で全国大会優勝を目指すのか、

「分かった、明日の九時だな、遅れないように来る積り」

「じゃぁさあ、槇原マッキーの連絡先を教えてくれ」

これはいつものパターンと思いながら、


「僕は携帯スマホを持ってないから家電だよ」

「え、今時 携帯スマホを持ってないって、槇原マッキーは友達が居ないのか?」

大きなお世話だ、携帯が無くても親友は居る。

「親友が一人居れば充分だよ、石川君」

「おまえ変り者だな、じゃあ俺が二人目の親友になってやるさ」


「大丈夫です」

「こんな優しい俺に、槇原マッキーは酷い奴だな、明日の九時な」


父さんから聞いた高校時代の友人だった野村先生の転勤情報と、石川拓実の誘いで白梅高校を受験した。

ここまでは想定内で不安は無いが、他の五人は僕の知った顔だろうか・・・



後日談的な、

自宅に戻ったと同時に家電が鳴り、

槇原マッキー、おれ白鳥高校に合格したけど、春休みの課題テキストがメッチャ沢山有って、マッキーと遊べなくなった、御免」

そんな悲痛の声は橋本ハッシーで、合格発表が過ぎたら遊ぶ約束を謝る電話だった。


「そうか、僕も春休みの課題が多くて、橋本ハッシーと会えないから残念だよ」

天野サヤカさんと会えなくなって気持ちが落ち込んでいた僕には好都合かもしれない。


「そう言えば、吉田サユリさんも黒松高校に合格したけど、課題テキストが俺の三倍くらい有るみたいだって」

東大京大に三十人以上が現役合格する県下一の進学校、入学前から僕達とは違うなと感心した。

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