第168話 楽しいバスケ。



僕は全中準優勝の神山中出身、石川拓実に誘われて入学前に白梅高校バスケ部の朝練に参加していた。


それより半日前、合格発表の夕食は母が作る手料理と、チョコレートケーキにロウソクを立てた合格祝いの演出は少し恥かしかった。


夕食後に入学手続きで購入した教科書とテキスト以外の物品リストを見て、学校指定の制服や通学用の靴と体操服の指定も無く、入学までに提出する書類は高校生活に対しての誓約書と個人で受診する健康診断書、音楽・美術・書写の希望選択科目を提出するらしい。

その他については後日考えれば良いと後回しにした。


その日の夜は寝坊しないよう早くベッドに入ったが、明日からの大きな期待と小さな不安に寝付きが悪かった。


自宅から駅前を通過して白梅高校まで約4km、チャリなら二十分掛からない。

九時集合の10分前に到着して着替え、準備運動アップしておくのが今まで僕のルーティンだから、八時三十分に出発すれば九時ジャストの予定に、気が急かされる僕は八時十五分に家を出た。


受験日に利用した駐輪場にチャリを停めて、体育館の場所を探しながら歩く先に三階建ての体育館を発見した。


出身の灰原中学は平屋建ての体育館だったが、練習試合で訪れた他校に三階建ての体育館が有り驚きは無かった。

一階は体育教官室と体育用具庫の他にフリースペース、外階段で二階の体育館ホールに登るが、金属製の引き戸の鍵が開いてない。


取りあえずバスケが出来るゲームシャツとロンパンに着替えて、ストレッチから軽く準備運動を始めて、開錠されてコートに入ってからバッシュに履き替えようと。


「お~い槇原マッキーずいぶん早いな」

僕を呼ぶ石川と他の五人はその誰も185㎝以上の生徒達も着替え始めた。


「チャリで二十分、半分地元みたいだから、で?」

「まぁ、追々紹介するからな」


その中の一人が僕を見て、

「あ、名邦の選抜試験セレクションで一緒に」

それを聞いた僕も、

「あ、あの時は御互い名乗らずに別れたけど、まさか白梅で一緒に成るとは」

結局は特待生エリート合格出来なかったが、バスのタイミングやプレースタイルの相性が良かった彼を思い出した。


「何だ二人は知り合いか?」

僕と彼の会話に石川が混じり、

「名邦の選抜試験セレクションで一緒だったから」

僕の説明を聞いた石川は、

「あ~あれな、俺は特待エリート合格だったけど辞退した」


そうか、選抜試験の後に石川から『日本一の野村先生が地元に帰ってくる』と誘われたが、全国レベルの石川なら特待生エリート合格なら不思議じゃないし、それで僕が一般合格の理由もハッキリした。


七人の新入生が着替えて準備運動を始めた頃に上級生らしい男子が現れた。


「今年の新入生はデカイな、期待するからな、おれは部長の斉藤さんだぞ」

と胸を張って力強く言えば、僕以外の新入生に微妙な笑いが起きて、

「僕は副部長の、大島じゃない児島だよ」

なにが面白いのだろう、先輩二人の自己紹介に僕以外が笑う。

それを見た斉藤部長は僕を指して、

「君は笑いのレベルが高いのかな?」

謎の質問に頭をひねり、

「はてさて、笑いのレベルが高いとは、若しかして今のはギャグでした?」

逆に質問返しで、

「今の紹介は無かった事にしてくれ」

ただ僕はテレビを見ないから笑いの知識が無いだけでと言い訳したかったが、なんか気不味い。



「じゃあ新入生、右から自己紹介で名前とポジションを言って」

児島副部長が指示して自己紹介を始める。


「神山中の石川、全国準優勝のキャプテンです」


「真田中の上田です、ポジションは全てでキャプテンでした」


「自分は木曽中の犬山、ポジションはガードからセンターでも、中学でキャプテンでした」


「信中の松本です、Pフォワードとセンターで、キャプテンでした」


「広江中の竹田です、自分もキャプテンでどこでも出来ます」


「水門中の大垣です、キャプテンでポジションはどこでも」


上田と犬山、松元と竹田、名邦の選抜で一緒だった大垣と、

「灰原中の槇原です、ポジションはセンターとパワーフォワード、7番でした」


僕以外の全員が背番号4を背負ったキャプテンだったらしい。


斉藤部長が開錠した体育館は少しだけカビ臭くて、他の引き扉も解放して換気した。


バスケコートの板床はそれほど磨り減ってなく、コンディションは悪くないがゴールリングのネットは汚れより破れていて、バスケットボールも公式戦に使用出来ないと思う状態。

そして部長・副部長以外先輩の姿は無く、同じ事を思う石川が、

「他の先輩は、正式なバスケ部員は何名ですか?」

直球の問いに少し躊躇う斉藤部長は、

「遅れてくる者もいるけど、三年二年合わせて十人、かな?」

全員で十人だと公式戦に出場できるのか、それよりバスケ部として認めらているのか、もしかして同好会じゃないのか、不安に感じるのは僕だけじゃなくて、


「あのう?白梅高校の試合成績リザルトは?」

僕の横に立つ大垣が最初に訊いた。


「俺たちが入ってから全敗の未勝利、春の公式戦に悲願の一勝を目指している」

『悲願の一勝』を聞いて、全身から力が抜けて腰から崩れそうに成り、きっと新入生全員が同じ気持ちと思う。


ところが石川だけが、

「俺が召集スカウトした一年生が居れば大丈夫です、一緒に優勝しましょう」

そのビッグマウスに驚くけど、有る意味で頼りになると対戦した僕は知っている。



最初に埃を被ったバスケ・コートを新入生でモップ掛けして、滑った突き指防止でボールも磨いてから練習が始まった。


市大会や県大会で見たこと無い新一年生でもキャプテン経験者の技術スキルは高く、ボール回しやパスワークの他にも戦術を理解していて、きっとチームメイトに恵まれれば僕の灰原中学と県大会で顔を合わせいたと思う。


自分と同レベルのバスケット・プレーヤーがチームメイトなら、こんなに楽しいバスケが出来る幸せを神様に感謝する。


余談的に、

30分ほど遅れてきた三年二年の先輩と、バスケ部顧問の山村先生は滋賀県名物、陶器のタヌキにソックリで陽の当たる場所で折りたたみ椅子に座り、練習が終わるまでうたた寝していた。


その後、数日間を一緒にバスケ練習した男子が七人集まれば、タイプの女性や交際する彼女の話題に成り。

「中学でバスケ部のキャプテンはモテるし、彼女が居る」

と石川を含めた五人が言うなか、名邦の選抜を受けた大垣ガッキーと僕は『彼女が居ない』の言葉に失笑された。


僕が感じた『楽しいバスケ』は三月まで、四月以降は毎日が地獄に変わることを未だ僕は知らなかった。


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