第169話 部屋の掃除。

合格発表の翌日三月十五日から、新入生の僕達七人は白梅高校バスケ部の練習に参加していた。


中学バスケのルールでゾーンディフェンスが禁止されて、高校バスケのゾーンディフェンスに戸惑うが直ぐに慣れた。

弱小高校の小柄な先輩達も決して下手では無かったが、大柄な新入生と身体能力フィジカルで劣っていた、そこは僕達後輩から暗黙の忖度で手加減した。


そして今日もタヌキの置き物みたいな顧問の山村先生は、日当たりの良い場所でうたた寝の時間を過ごしていた。

日曜日を除く週六日の午前は白梅高校でバスケ、午後は入学式後に提出する課題テキストに集中した。


三月三十日、三十一日、四月一日の三日間は白梅高校で教職員の離任、就任式で体育館を含む白梅高校の施設が使用禁止に全部活動が休みになる。



年度末と年度初めの三日間、バスケ部の練習が無くなった僕へ母は、

「裕人、時間が有るなら自分の部屋と序でに隣りの部屋も掃除しなさい」


序に隣りの部屋とは同じフローリングの空き部屋が有り、そこは母が思い出の品を保管している物置状態な開かずの部屋、

「え、何で隣の部屋も?」

「つべこべ文句を言わないで千円あげるから掃除しなさい、元々は裕人の物ばかり」

親のすねかじりを自覚しているけど、月の小遣いが三千円の僕に臨時収入の千円は有り難いけど、掃除の労働対価が千円とは納得いかないが、我が家では家長の父でも母には逆らえない。


三十日の土曜日は母が忙しいのは分かるけど、三十一日の日曜は槇原ベーカリーの定休日で、母の私物が多い物置部屋を片付けられるのに・・・


そう思いながら部屋に積まれたダンボール箱の一つを開いてみると、僕が小さい頃に着ていた服や、穴が開いたりサイズが合わなくて履けなくなった靴、その中には子供園時代の制服に血痕が残り、こんな物を母は未だ残していたのか、他の箱には母が若い頃に着ていた、今の11号サイズと違う7号のワンピースやスカートが十年以上の時を経て蘇る。

これも捨てて良いよなと思いながら、一応母へ、

「もう母さんが絶対着れないスカートや洋服を捨てるよ」

と確認を兼ねて訊いた。


「それね、裕人を妊娠する前は余裕で着られたけど、産後太りが戻らなくてお蔵入りして今に至るってやつ、私がその服を着られなくなったのは裕人の所為よ」


産後太りから戻れない母は僕の所為と言う理由とは、以前に『お腹に裕人がいる時は凄く空腹で、間食で焼餅に餡子を乗せてマタニティーブルーを克服したわ』と聞かされていた。

さらに『赤ちゃんの裕人が母乳をイッパイ飲むからお腹が空いて空いて、食べて出してオッパイがイッパイな感じだったよ』何度も同じ話を繰り返した。


「その話は何度も聞いて分かったから」

母の思い出話に付き合わされた僕が自室と隣室の掃除を終えた午後四時過ぎ、一人の女性が訪れた。

定休日前、土曜日のベーカリーは商品が完売しだい店を閉めるのは三時半の頃、店から戻った母が来客と雑談してて、


「裕人君、久しぶりね」

僕を見て、そう言うのは天野サヤカさんのママで、僕が初恋のエミリさん。

「あ、どうも」


「裕人、エミリさんが光一さんの転勤でLAロスに移るって」


前に一度、エミリさんは夫の光一さんとLAロス親睦会レセプションに参加し、留守番の僕がお土産を頂いた時と同じなのか、


「えっとね、本来は社内一ナイス・ミドルの独身木村部長が現地の支社長に就任予定だったけど、二十歳以上若い専務のお嬢さんと結婚して、娘をLAロスに行かせたくない専務の要望で光一さんが代打就任と成っても流石にLAロスへ単身赴任はさせられないから」


パパさんの海外赴任にエミリさんと娘のサヤカさんも付いて行くのなら、あの想い出旅行と別れの理由に納得できる。


「現地の支社に何年くらいですか?」

何も言わないのは流石に不味いので僕が尋ねる、

「最短で三年、長ければそれ以上、裕人君と会えなくなるのは寂しいけど、もし夏休みに時間が出来たら、LAロスへ遊びに来てね」


エミリさんの社交辞令的な誘いに、きっとバスケ部の公式戦が有るから無理だと分かっていても、

「そうですね、機会が有れば・・・」

と言葉を濁した。


「そうそうサヤカだけど、今日は用事が有るから裕人君には明日挨拶に来るって言付けされたわ」


LAロスへ旅立つ前に僕へ最後の挨拶でこの家を訪れるのか、最後くらい笑顔で天野サヤカさんを見送りたいが、振られた僕には難しいと思う。

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