第69話 正義の味方を勘違い。


僕と親友の橋本ハッシー、それを初めから説明すると五年前、小学四年生の頃・・・


円城寺商店街で『槇原ベーカリー』を営む両親、190㎝の父と170㎝の母に高身長の遺伝子を受け継いだ僕が産まれた。


幼稚園に通う頃の僕は自宅の近くで通園バスを降りて、母が用意したラスクを食べながら毎日の留守番が当たり前と思っていた。


同世代の子供が夢中になった小型ゲーム、夕方のアニメや時代劇の再放送にも興味が無く、オヤツと牛乳でお腹を満たしてから、翌日の給食ナフキンに歯ブラシとコップを準備して父母が仕事から戻る午後6時まで昼寝した。


後から知ったが睡眠は記憶を整理するらしく、僕にとって幼稚園で有った嫌な事を忘れるには好都合だった。


そして『寝る子は育つ』の通り、昼寝と牛乳が好きの僕は同じクラスの友達より頭ひとつ大きかった。


「身体の大きな裕人が全力で運動すると、他の子に怪我をさせるから少し我慢してね」

「自分より弱い子や女の子を虐めるのは弱い者苛めよ、裕人には正義の味方に成ってほしいわ」

僕は母の口癖を忘れないように心がけてきた。


幼稚園時代の僕には母が言う『正義の味方』は、悪を倒す変身ヒーローしか想像できなかった。


それから数年が経ち、小学四年生の頃に、

「おい裕人、お前は背が高いからミニバスケを始めろ」

二歳年上の熊ちゃんこと、熊田先輩に誘われて小学生バスケを経験した。

同じ位の体格の高学年に混じり、それまで我慢していた全力でプレー出来るミニバスケが楽しくて夢中になった。


そしてミニバスケを始めて半年が過ぎたあの日、チャイムが鳴り時間割の2時間目と3時間目間の10分休みが来て、算数を教える先生は、

「今日はここまで、計算ドリルの32pを宿題にするね」

と言い残してクラスの前の扉から廊下へ出て職員室へ向った。


特に尿意を感じなかった僕は自分の席に座ったまま、トイレに行くか迷っていた。


「あれ、後の扉が開かない」

トイレに向う女子の数人が開かない後ろ扉に戸惑っていた。

それが気に成る僕は、

「どうしたの?」

女子には優しく、母の教えを思い出して尋ねて、

「戸が開かないの」

女子の返事に扉の故障だと思い、

「ちょっと僕と代わって」

困っている女子の数人に代わった僕は全力で扉を開いた。


ガッシャーン、大きな音を立てて扉は開き、その廊下側には隣の組の男子児童が転がっていた。

名前を知らないが、勉強も運動も出来なく威勢だけが良い『口だけ番長』の姿を見て、なにが起きたのか理解出来ない僕へ、、


「あ、マッキー、これは冗談だよ」

友達でも無い『口だけ番長』にマッキーと呼ばれたことよりも、トイレに行きたい女子に廊下から扉を開かないように抑えていた悪戯を、僕は冗談で済ませなかった。


学校で女子がお漏らししたら一生忘れられない心の傷に成る、と思う僕の感情は沸騰した。

「おい、女子のトイレを妨害するこれが冗談なのか?」

「そうだよ、笑って許してよ」

その返事を聞いて倒れている奴に僕から手を差し出すと、起こしてくれると勘違いして手を伸ばすがそれをスルー、奴の胸ぐらを掴んで起こしから力任ちからまかせに投げた。


石ころの様に廊下を転がる『口だけ番長』の姿を見て、僕の精神状態が『正義の味方』と成り、『クソが』と叫びながら奴を廊下の床に投げ飛ばした。


「許してください」

泣くが一ミリも許す気に成れない僕は、こいつを退治しないと次も同じ様な悪戯をする<再犯>と思い、スリッパでゴキブリを叩くように微塵の躊躇いも無く、『口だけ番長』の首を掴み、階段の途中に有る踊り場まで落として懲らしめてやろうと決めた。

そこには殺意が無かったとは言えないほど、正義が暴走した僕には正常な判断が出来なかった。


そこに偶然、隣のクラスから未だ友人でなかった橋本ハッシーが駆けつけて、

「槇原止めろ、こんなカスでも男子児童なんだ、階段から落としたら怪我だけで済まないぞ」

橋本はタックルする様に僕の腰にしがみ付き、暴走する僕の正義を制止しようとする。

しかし少年野球に参加する小柄な橋本にそのちからは無い、僕の手には悪戯した男子と腰に抱きつく橋本を引きずりながら階段へ向かう。


「本当に止めろって、槇原これ以上の制裁は『弱い者いじめ』だぞ」

母の戒めである『弱い者いじめ』で僕はわれにかえり、口だけ番長を解放した。


その光景を遠巻きから見ている女子児童と口だけ番長に橋本は、

「誰も怪我しなかったから、誰にも言わないで」

目撃した児童に橋本は一方的に約束させて、暴走した僕と橋本に『弱い者いじめ』と言われた『口だけ番長』を庇った。


それ以降、自分の危険をかえりみず騒動を押さえた橋本の高感度は上がり、数年後の生徒会長に就任した。


それに引き換え、僕は『普段は大人しいが怒らせたら怖い』槇原裕人まきはらひろとの氏名を短縮した『魔人』と陰口を言われたらしかった・・・

この昔話を思い出しながら、目の前の吉田さんには、

橋本ハッシーとの切欠は僕の黒歴史だから今は言えない」


「じゃあ、いつなら私に教えてくれるの?」

僕は未来を想像して、

「そうだね、吉田サユリさんと橋本ハッシーが結婚したお祝いで、僕からそのエピソードを話すよ」


「え、橋本と私が結婚するまで?」

そうさ、橋本ハッシーの武勇伝を聞いて吉田サユリさんは惚れなおすだろう、それが僕から二人へ結婚祝いだよ・・・

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