第39話 バッシュとウドン屋と嫉妬。

僕の名前を口実に告白する男子へ『ゴメンなさい』と断った女子の謝罪を許した。

それを切欠で出来た女子会の名前は『槇原女子会』から『槇女まきじょ』に成るが、その実質は人気CMモデル天野サヤカのファンクラブであり、メイクに興味が有る思春期の女子は天野サヤカから基礎美容を学んでいた。


校則で禁止されている色つきのリップやファンデーションの大人化粧でなく、血行を導くローション、眉毛とまつ毛が薄いコンプレックス女子へ育毛サンプル、サヤカが採用されたCMの製薬会社へ『槇女』を女子中学生モニターに提案した。


天野サヤカの美容指導で自信をつけた中二女子達は表情が明るくなり、思春期の成長も合わせて美少女に変わった。


『槇女』に名前だけ使用される僕は、『槇女』メンバーから振られた男子に恨まれると覚悟したが、誹謗中傷のSNSを見られない僕に彼らの嫉妬や恨みは届かない。


精々、バスケ部の悪友、橋本ハッシーから、

「良いよな、槇原マッキーは沢山のガールフレンドが居て、将軍様の大奥か石油王のハーレムだな」

エッチな妄想する橋本ハッシーが言う『槇女』の誰とも深い関係では無い僕は、


「本当に好きな人は一人居れば充分だろ、橋本ハッシーには最愛の吉田恐妻さんが居るじゃないか?」

お互いの両思いを聞いた僕の勧めで橋本ハッシーから告白したバスケ部長と、女子マネ吉田サユリさんの尻に敷かれたハッシー、二人はおしどりカップルと思う。


「それでも俺は槇原マッキーうらやましいよ」

「だから、僕は名前だけ、天野サヤカさんもガールフレンドの一人だよ」


土曜の朝からバスケ部で練習、帰宅してシャワーを浴びて、パン屋で働く両親が居ないキッチンでレトルトカレーを食べて家を出て、奈央ねえさんのマンションを訪ねた。

『槇女』の全容を土曜日の午後に会う奈央ねえさんへ報告した。


「木を隠すには森の中って言うでしょ」

「森の中って、どういう意味ですか?」


「ガールフレンドの天野さんが『槇女』の中に居ればマスコミに追いかけられないでしょ」

「そうですね、奈央ねえさんがの言うことが何となく分かります」

普段の天野サヤカは、ほぼ素顔だから、同世代の女子に混じれば目立たないと思う。


「それにしても楽しそうな女子会ね、テレビCMでしか見てないけど、きっと天野さんは可愛い女子ね、会えば私もファンに成るかな、裕人君は困る?」

「それは返事に困る難しい質問です」


僕へ笑顔で話す奈央ねえさんは二十四歳の看護師で大人の女性、聖母マドンナの様な慈愛の心で見守ってくれるのだろう。


「突然だけど、裕人君の誕生日っていつ?」

奈央ねえさん、いきなりでしょ・・・

「え、11月1日ですが、それが何?」

誕生日を訊かれた僕は、その意味を理解出来ないまま答えた。


「そんな大事な事は姉さんに言わなきゃ駄目でしょ」

怒った様に強く言うが、そうかバースデー・ケーキを用意したかったのか、ただ甘い物を控えている僕に父母もバースデーケーキを買わないし、最後にロウソクの火を吹き消したのは小学六年の十二歳までだった。


「甘いケーキは食べないです」

「じゃあ裕人君の欲しい物は何、お誕生日のプレゼントするよ、ゲームやスマホが欲しくないの?」


同級生達が夢中に成るゲームやスマホが欲しいと思ったことは無い、それを言えば変わり者と呼ばれるが、興味がないものは要らない。

「スマホもゲームも欲しくないです」

「それなら、お小遣いは?」


「母から小遣いを貰ってますけど無駄に使いません」

「じゃあ、裕人君はお小遣いを何に使うの?」


「月に3千円貰って、半年に一度くらいでバッシュを買います」

「バッシュって、バスケットシューズの事?」


「はい、毎日朝夕の部活で半年で靴底ソールが減ったり、外国製のバッシュは破れたりします」

「じゃぁ、姉さんの私が裕人君へバッシュをプレゼントするわ」

僕が履くバッシュの見た目は地味だが専用のスポーツシューズで、それなりの金額もする。


「高いから善いです」

「善いですって、遠慮しているの、裕人君が買うバッシュって幾らなの?」

そうだよ、いくらお姉さんと言っても高額だから遠慮もするさ・・・


「えっと、一万八千円だから半年分のお小遣いです」

「別に驚かないけど結構な値段ね、働くお姉さんの経済力を舐めないでね」

流石に全額を負担して貰うのは気が引ける僕は、

「それなら僕が溜めた九千円で足りない半分をお願いします」

「裕人君の溜めたお小遣いが無くなるよ、本当に半分で良いの?」


そんなやり取りから奈央ねえさんの昼食も兼ねて二人で街へ出かけた。


各メーカーのバッシュが並ぶスポーツショップで目当てのナシックス・オールジャパンタイプを手に取り、希望サイズの28,5cmを試して違和感が無いのを確認した。

「裕人君が決めたなら好いけど、白くて地味なデザインね」

幅広甲高の日本人には国産ナシックスのバッシュがジャストフィットすると信じている。

これの購入を決めてショップ店員へ声を掛けると、

「もし良ければ選手登録しませんか、氏名校名とポジションの記入で商品の一割引と交換用の靴紐シューレースをプレゼントします」

少しの値引きも嬉しいが、スポンサーから物品支給されるプレーヤーに成った気分で、

「選手登録をお願いします」

灰原中学二年、槇原裕人、PFパワーフォワードセンターと記入

「はい、御記入を確認します、それと中敷インソール如何いかがですか、ジャンプの着地時に衝撃吸収と安定感が増してプレイの質が向上します」


ショップ店員のセールストークに苦笑いするが、バッシュの中に入れる中敷インソールの存在を知っていた、それは高校生以上レベルのプレーヤーが使う物で、数千円の値段と僕の様な中学生には未だ早いと購入を見送っていた。

「それも頂きます」

ショップ店員のお勧めへ返事に困る僕より先に奈央ねえさんが口を挟み、一割オフのバッシュとインソールの合計金額を精算した。


「有難う御座います、あとで九千円払います」

「要らないわ、裕人君が持っていなさい」

それだと奈央ねえさんが全額払った事に成って、僕の希望と違ってくる。


「どうしても受け取ってくれませんか?」

「そうよ、弟思いの気持ちよ」


「じゃあ、奈央ねえさんの誕生日を教えてください、僕からプレゼントします」

「うん、裕人君の気持ちは嬉しいけど、年齢を重ねる誕生日は教えないし忘れたわ」

僕から見ても綺麗で優しい二十四歳の姉さんでも年齢を気にする女心なのか・・・


「さぁ裕人君、これから食事に付き合ってね、実は私一人で入りにくいお店なの」

奈央ねえさんが言う一人で入り難い飲食店とは、サラリーマンが利用する全国展開のセルフタイプのウドン屋で、身体が大きな僕と一緒なら安心して訪れると言う。


牛丼屋や立ち食いウドン屋は若い女性に敷居が高いのだろう。

ウドン屋への道中に奈央ねえさんは、

「裕人君はお蕎麦そば饂飩うどんのどちらが好きなの?」

関東では蕎麦は喉越しと言うがそう思わないし、僕は関西人で無いがウドンの方が圧倒的に好きで、テレビのブラ森田で坂道や断層に興味は無いが『こしが有るウドンだけじゃない、カレーうどんは柔らかい、ウドン発祥は韓国から来た博多』と言ったのを感心して見た。

日本各地には名物のウドンが有り、讃岐以外に水沢ウドンや稲庭うどん、形が少し違う名古屋のきしめんや山梨のほうとうもウドンで,特に太くて柔らかい黒い汁の伊勢ウドンが僕の一押し、しかしセルフうどん屋に伊勢うどんは無いのが残念だよ。


「僕は温かくても冷たくてもウドンが好きです」

「セルフでトッピング出来るでしょう、裕人君は何をチョイスするの?」


十種類以上の揚げ物系から一時的に話題と成ったコロッケを避けて、竹輪の磯辺上げと牛蒡の天ぷらを選んだ。

「牛蒡の天ぷらって美味しいの?」

「はいパリパリで半分食べて、残りはウドンの汁に浸して衣が柔らくなってから食べます」

うどんチェーン店のトッピングで盛り上がる僕と奈央ねえさんが食べ終わる頃に、店の正面入り口から天野サヤカさんが同行する大人の女性と入店してきた。


これは僕の想像で、天野サヤカさんが所属するモデル事務所の担当マネージャーもしくはスタッフだと思う。

「あ、裕人君、そちらの年上の女性もガールフレンドですか?」

「うん、そうだけど」

天野サヤカの質問へ答えに困る僕を見て、

「あら可愛い女子ですね、いつも弟の裕人がお世話になっています」

奈央ねえさんが僕に代わって答えるが、二人の間には目に見えない火花が飛び散っていると感じる様に言葉にとげがある。


客の多いウドン店内で修羅場は好ましくない僕は、

天野あまのさん、これから用事が有るので失礼します」

決めている予定は無いが、それを口実に奈央ねえさんの手を引いて店を出た。


「用事が無いのに、裕人君、どうして?」

奈央ねえさん、『天野さやかに会ったら好きに有るかも』って言ったのに、むきなって大人気おとなげないよ」


「テレビCMより本人を見たら可愛くて、なんか悔しくて」

「それって嫉妬ですか?」


いつも冷静な看護師の奈央ねえさんは小さく『うん』と頷いた。

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