第146話 おめでたい新年の始まり。

年末から年始に掛けて約二週間の冬休みが終わり、一月九日から灰原中学に登校する。

三年四組の席に座り、周りの級友クラスメイトを見て、学習塾の冬期講習や自宅に篭って受験勉強していたと分かる位に疲れた顔をしている。


槇原マッキー、元気だったか?俺は親戚回りで高額お年玉をゲットだぜぇ」

いつも無駄に陽気な橋本ハッシーを見ると、高校受験のプレッシャーで疲れた気持ちが癒されるのは僕だけじゃないと思うけど、『橋本、お年玉で喜ぶお前は小学生か?』と突っ込みたくなるのは男子だけじゃなく女子生徒にも居ると思う。


橋本ハッシー、おめでたいな」


「おう、槇原マッキー、あけましておめでとう、今年も宜しくな」


橋本に言った『めでたい』とは意味が違うが否定しない、そこに気付いた級友はクスクス笑っているから、その意味が通じたと僕は納得できた。


始業前のホームルームに登場した担任の小池詩織先生は、いつもとイメージの違うフンワリとした緩い洋服で教壇に立った。


自称150cmの小柄でロリ体型の小池先生が今日はいつもより顔が丸い、正月の運動不足か、甘いお節料理の食べ過ぎか、何となく理由は分かるがそこに触れないのも、教師としての自信が無く未熟な担任を思いやる生徒達の配慮だった。


「みんな元気にしていたかな、高校受験も近いから風邪を引いたり体調管理に気を付けてね」

誰が見ても太った小池詩織先生こと『コケシちゃん』の言葉にそれまで我慢していたクラスの生徒は笑い出した。

そうなると笑いの連鎖は収まらず、慌てた担任のコケシちゃんは、


「ねぇ、どうしたの、私がなにか面白いこと言ってないよね?」

教壇に近い最前列の女子生徒から、

「先生の顔が白くてお月様みたいで、私達生徒より体調は万全ですね?」


本当の理由を知ったコケシちゃんは、

「わ~ん、お正月休みにお餅を食べ過ぎて3kgも太っちゃって、体型をカバー出来る緩々の服にしたのに」

半べそで白状した担任のコケシちゃん、それはそれで可愛く見える。


「先生、フンワリの服じゃなくて、いつもより丸い顔だよ」

いつもは真面目な男子が発した言葉に、追い討ちと言うのはこの事だろう。


「生徒に太った事を指摘されて、もう泣きたい気分、お家に帰りたい」

新年早々に担任教師を虐めたなんて問題に成る、それは生徒の誰もが思う事で、


「そのままでもコケシちゃんは『可愛い』から帰るなんて言わないで」

「そうよ、コケシちゃんは私達生徒のアイドルなんだから」

「コケシちゃんの様な可愛い女性に泣き顔は似合わないよ」

「世間一般の男性は丸顔のポッチャリ女性が好きだから、コケシちゃんも自信を持ってね」

良くもそこまでお世辞が言えるものかよ、元々人付きあいが苦手な僕には無理だと呆れていた。


「それ、本当なの?、ねえ槇原君?」

他人事のように様子見していた僕へコケシちゃんは急に振る。


「え、そうですね、世間一般の男性のタイプは知らないけど、小さくて丸いお餅みたいな小池先生は可愛いですよ」

周りに攣られたとはいえ、自分でも驚くほど社交辞令的なお世辞が言えた。


「私は三年四組の生徒に愛されるアイドル教師のコケシちゃ~ん、ようしモチベーションが上がってきたわ、みんな大好きよ」

単純な性格と言うか、女性の可愛い一面を見せたコケシちゃんは次の授業の準備に職員室へ向った。


こんな感じで新年初日が始まり、翌週の月曜日から三日間の予定で九科目の学年末試験が始まる。

正月休みに天野さんと学習した難関私立高校の過去問レベルが、復習を中心にした学年末試験に出るはずも無く、これまでと変わりない主要五科目合計で400点の結果に終わった。


十二月の定期試験で公立の志望校を決めていたが、併願の私立高校を高校バスケ全国大会、ウインターカップベスト8の私立美加茂高校に決めていた。

それを告げた担任のコケシちゃんは、

「槇原君ならスポーツ推薦が出来るけど?」

文武両道を掲げる美加茂高校には有名大学を目指す進学科と部活動で全国優勝を目指す体育科が有り、大学に進む気持ちの無い僕は体育科を選択した。

「高校バスケだけが目標なら単願も有りでけど、いまは併願で受けます」


私立高校の単願志望なら合格確定だが、より多くの選択肢を残したい僕は私立美加茂高校体育科を併願入試で選んだ。


学年末テストが終わり、ホームルームで私立高校併願と単願の生徒が担任の指示に従って願書を書いて提出した。


僕が住む県内には、都会の私立高校みたいな東大京大合格十数名の超進学高校は無く、公立高校の滑り止めで公立受験を失敗した生徒の受け皿に成っている。

入学定員が三百人でも、実際は倍以上の七百人が合格入学証を得ていた。


一月下旬、私立美加茂高校の入試問題はかなりの難問だった、絶対に合格の自信は無かったが不合格の不安も無く、無事に美加茂高校体育科の合格証を受け取った。


あとは公立高校の受験、合格ラインが三百七十点の青竹高校を志望する僕は少しだけ精神的な余裕が出来ていた。


後日談と言うか、私立単願と併願の受験生は年に一度の大イベント、バレンタインデーに気付かないふりか本当に忘れていたのか、完全スルーで見送った。

ただ一人、橋本だけが寂しそうに『今年は誰も俺にチョコをくれない』と呟いた。




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