第85話 親友に報告と実験。

日曜の午後に一週間後の抜糸予定と痛止めを処方されて退院した。

メーカーサポートが終了してツイッターやラインなどSNSを使えないタブレットで、奈央ねえさんに聞いた『火事場の馬鹿力』を調べた。


確かに火事場の馬鹿力は存在し、あの時の僕は色が消えて音も聞こえなく周りがスローで動く体験も記されて、それは身体能力を最大限に発揮できるアドレナリンの分泌らしい。


絶体絶命で死を意識すると人生の記憶が『走馬灯』のように回るらしいが、僕には見えなかった。


瞬間的にパワーを出す武道や陸上競技では、大きな声を出す事でアドレナリンの分泌をコントロール出来ると大学教授のホームページを読んだ。


翌日の月曜はバスケ部の朝練へ家を出た。


軽いフットワークから準備アップした僕は一時的の記憶障害に不安だったが、幸運にも体はバスケの動きを覚えていた。


槇原マッキー、事故ったと聞いたけど大丈夫なのか、あ、額の傷テープがそうなのか?」

僕の後から橋本が調子を訊いてきた。


「まぁ、大丈夫だろう、それより誰から聞いた?」

「え、女子マネの吉田サユリさんが先生顧問に報告してる時に俺も聞いた」


「そうか、その他は?」

高齢者ドライバーがペダルの踏み間違えて、五歳の真衣ちゃんを救った事まで知っているのか、別に知られても構わないが、


「あ、そうだ、槇原マッキーに幼女の彼女が出来たらしいな」

「それは誰から?」


「ええっと、吉田サユリさんが天野サヤカさんから聞いたって」

「それを聞いた橋本は誰に喋った?」


橋本ハッシーを問い詰める心算つもりは無いが、僕の質問が強く聞こえたのか、

「チームには槇原マッキーの怪我と新しい彼女が出来たと報告したけど、気にするなよ、ホラ、源氏物語の主人公は少女を手元に置いて成長後に寵愛した。ロリコンは文化、三島先生の『春の雪』も官能小説だろ」


中途半端に知識が有る橋本ハッシーは厄介だ。

「まさか五歳の幼女が僕の彼女なんて信じてないよな、橋本ハッシー

「そうだな、今の槇原マッキーは無理でも十三年後は分からないけど」

吉田さん経由で天野さんから

「・・・話題を変えよう、橋本ハッシーは未体験ゾーンを信じるか?」

「ゾーンって、超能力的な?」


僕は事故で車を飛び越えた時に視覚から色が消え、聴覚を失い周りの動きがスローになった体験を伝えて、絶体絶命な火事場の馬鹿力とアドレナリンをコントロール出来るらしい、までを話した。


「それって死を覚悟すると走馬灯が回るって、やつか?」

「僕に走馬灯は見えなかったけど、同列の現象かもしれない」


「もしもだな、槇原マッキーがアドレナリンを自由に操れるなら、超人的なジャンプで『ダンクシュート』も可能だな」


確かにその可能性は有るが、色と音の無い世界がゆっくり動き、より高く飛べるなんて一般常識では理解できない。

「親友が殺されて『コクウ』はスーパーヤサイ人に成れたぞ」

それは僕と橋本ハッシーが小学生の夏休みに再放送されていた古いアニメだろ。


「再現実験なんて無理だよな、橋本ハッシー

「どうやって槇原マッキーは再現する?」


少し考えて、親友の命を守る為に走るメロスを思い出して、


橋本ハッシーの身長は車と同じ160cmくらいだな」

「俺は170cmだ」


「僕に嘘は付くなよ、橋本ハッシー

「う、本当は168cmだ、これは信じてくれ」

長年の友としてそこは許容しよう。


橋本ハッシーがゴール前に立ってくれ、僕は全力で集中して、頭上を飛び越えてダンクシュートを試してみる、万が一失敗したら上手く避けてくれ」


「親友の為だ、俺は槇原を信じるから、ダンクシュートを真下から見せてくれ」

顧問が来る前の朝練で親友の了解も取った、息子の頭に乗せた林檎を射抜く、ウィリアムテルみたいな命がけの実験に成るかもしれない。


失敗は許されないと思うだけで絶体絶命感が僕を包む、武道で発する気合の様に『オリャア~』と叫び、バスケットボールを両手で掴み、あの事故を思い出しながら橋本ハッシー目掛めがけて右足からダッシュする、二歩目は左足の次に右足でジャンプした。


僕に音と色も消えないしスローモーションにも成らない、これは失敗だ。

右足で踏み切った僕の左足が橋本ハッシーの顔面をヒット、これは避けられないと感じた瞬間に、元々運動神経に優れた橋本ハッシーは残り数ミリで『わぁぁー』と叫び、僕の足から逃げた。


「おい、槇原マッキーこれは失敗だろ、俺の目に『走馬灯』が見えたぞ」


僕の気合と橋本ハッシーの悲鳴を聞いた男子バスケ部員が注目する。

その中から二年の白川が、


「日頃の恨みを晴らす槇原マッキー先輩が、ハッシーの顔面に飛び蹴りってマジッすか?」


他人の目からはそう見えたのだろう、そう思う僕と違って橋本ハッシーは、

「おい、白川、何で槇原マッキーは先輩で俺は呼び捨てなんだ、いつも言っているだろう」


「それは槇原マッキー先輩はデカくて怖いし、美人モデルの彼女が居ても『付き合ってない』って言うし怖いでしょ、俺だったら人に自慢するけど、それに今日の槇原マッキー先輩、顔にデカイ傷バンドってヤバイでしょ?」


「『親しき仲にも礼儀あり』って言うが、俺と白川は親しくないからな!」

そう言う橋本ハッシーの悔しさは僕でも分かるよ。


翌日の朝練、二年の白川は額に大きな傷テープを張って体育館に登場した。


「どうした白川、転んで怪我したのか?」

「え、美人の彼女が出来ないかって、槇原マッキー先輩の真似ですよ」


馬鹿な発想を笑いそうに成る僕は皮肉を込めて、

中二病ちゅうにびょうかよ」

冗談半分でいたが、

「はい、自分はリアルに中二ですよ」

それって白川は真面目に答えているのか、怖いと言う僕を小馬鹿にしているのか。

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