第113話 モデルの依頼。
『僕の絵を見る?』
『絶対自分には描けない美しい絵に心を奪われた』そう思いながら文化系部室が並ぶ旧校舎へ初めて足を踏み入れた。
僕達の世代より十年以上前の生徒は何処かのクラブへ強制的に加入されていたが、今は自由参加に成り、経済的な負担が大きい吹奏楽部や剣道部は部員が集まらず廃部。
家庭科部は手芸部に変わり、男女合唱部と書道部、そして美術部が存続している、らしい・・・
文化部室の半分が空き部屋状態で訪れる生徒も少なく、放課後の旧校舎は寂しさより不気味に思う。
廊下に掛かる美術部の表札を確認して、三回ノックから引き戸を開いた。
「ようこそ、槇原君、僕しか居ないから遠慮しないでどうぞ」
少年キャラを演じる女性声優みたいな橘さんの声を聞いて部室に入ると、そこには他の美術部員は一人も居ない。嗅覚が敏感な僕に何かの油と水彩絵の具、その他の紙か画材の匂いを強く感じる。
不快な表情をした積りは無いが一瞬だけ
「あ、油絵の具に慣れて無いとキツイでしょ、ゴメンね」
「僕は橘さんの絵を見に来ただけだから気にしない」
「そうだね、これとこれとこれだよ、群青を書く前は風景画ばかり描いていたから、どれも今一でしょ」
その風景画は見たままの季節感から写実的な絵画に見えて、知事賞を受賞した群青とは別物と思う。
「これも青い絵だよね」
群青と同じ青い水彩画だが、夜空全体を群青色で描き、大輪の花火が燃え尽きて流れ星のように落ちる風景画だった。
「そうだね、その絵に特別な意味は無いけど」
絵に意味は無い、それを聞いて僕は教頭が言った『見た人が感じるままで良い』を思い出し、
「群青にも意味が無いの?」
「群青に意味は有る、と言うよりアレは僕の実体験なんだ」
初めて見た時に
「描いた橘さんの思いを知りたいから教えて欲しい」
「え、槇原君が決して笑わないって約束してくれるって誓うなら」
自分で言うのも可笑しいが僕は口が固いし、他人の過去を笑ったことは一度も無い。
「うん、約束するよ」
「話すと長く成るけど・・・」
橘葵さんは四歳上の姉と二歳上に双子の姉が居て、物心が付いた頃からずっと姉のお下がりを着せられて、肩まで伸ばした黒髪に赤やピンクのリボンを付けられて女児みたいに育てられた。
幼稚園の頃は容認されていたが、小学校入学では男子から『女男』と虐められて、それでもクラスの女子が守ってくれたけど、中学入学でお互い思春期になると女子生徒も距離を置いて、保健室登校が今の僕なんだ・・・
橘葵さんからそこまでを聞いた僕は、
「え、橘さんって男子なの?」
「そうだよ、なんだと思って居たの?」
「卵顔に大きな瞳い小さな鼻、唇だってピンク色でプルプルしているし、髪から甘い香りがしているから、
「じゃぁ、槇原君は僕を美少女って言うなら、異性として意識してくれたの?」
普通の男子中学生なら目の前に美少女が居れば緊張するが、僕の場合は学年で一番人気のスポーツ美少女、
「美少女なら平気だけど、緊張して変な汗が出てきた、話を『群青』の説明に戻して」
「そうだね、姉三人の後にやっと産まれた男子の僕が女の子みたいだから、父さんが僕だけを連れてキャンプに行かされた、父さんも初めてのキャンプでBBQの準備に必死だったから僕は近くに流れる川へ水遊びに行って、透明な清流は川底の白い砂まで見えて、そこに金色の粒々を見つけて、これは砂金だと思い込んだ。家で留守番する母と姉へ土産にしようと砂をすくって黄色い粒を集めてたら川砂にズブズブと僕の足から胸まで沈んで、その後は顔や頭まで水の中に『あ~これで僕は死ぬんだ』と感じた時に小さい頃に可愛がってくれたお婆さんとお爺さんの顔が走馬灯みたいに浮かび、必死に手を上に伸ばした。
僕が川の水を飲む前に大きな男の人が僕の手を掴んで、畑の人参か大根みたいに水中から一気に引き抜いてくれて一命を取りとめた・・・
「もし、あの男性が居なかったら今の僕は居ないと思う」
「橘君に取って命の恩人だね」
最初は女子だと思い『さん付け』したが、男子だとと分かり『君付け』で呼んだ。
「うん、沈んでいく川の中から上に手を伸ばして助かった僕の記憶が『群青』なんだ」
「その時に集めた砂金はどうしたの?」
「あれは白い川砂に混じった価値の無い雲母だって、必死に集めて馬鹿みたいでしょ」
「お母さんとお姉さんのお土産に成らなかったけど、無事に帰るまでが遠足って言うから」
「そうだね、槇原君は校長先生ですか?」
謎だった群青の意味を知った僕は美術室で用事を終えて帰宅しようと椅子から立ち上がった。
「槇原君、ちょっと待って、一つだけお願いがある」
「群青の意味を教えてくれた橘葵君のお願いって、僕に出来る事なら」
男子としては小柄な橘葵君に微塵も不安を感じない僕は気安く返事したが、
「槇原君が絵のモデルに成って欲しい」
時間が掛かるのは勘弁して欲しい僕は、
「おなかも空いたし、早く帰りたいけど」
「ラフスケッチで三十分、いや二十分で終わるから」
「じゃあ十五分で終わらせて」
自分でも意地悪と思うが、十五分を超えても二十分までなら許容しようと心に決めていた。
「有難う槇原君、十五分で終わらせるよ、ダビデって知っている?」
「ダビデなら僕でも知っている、イタリアの大理石像だろ、立ち位置はここで良いの?」
「うん、今直ぐに照明を用意するから」
美術のデッサンでも光と影が必要なんだと勝手に理解した僕は、橘君が準備する間に着ている衣服を脱いで全裸に成り、
「ダビデ像はこんなポーズだよな」
左手を顔の近くに、右手を自然に下げた。
僕の声に振り返る橘葵君は驚き、
「え、なんで全裸なの、見ている僕の方が恥かしいよ」
「付いているモノは一緒の男同士だろ」
「そうじゃないよ、僕の初恋は助けてくれた男性なんだ」
「え、じゃあ橘君の体は男性でも心は女性なの?」
「自分でも分からない、ただ身体の大きな槇原君を見ていると初恋の男性を思い出して、心がキュンキュンする」
「違っていたら悪いけど、性同一性障害とか、性的少数者のLGBTQなの?」
「専門医に受診してないからどれか分からない」
「まぁ、僕は気にしないから橘君、早く描いて」
「それじゃあ、背中とヒップにライトを当てて、後姿を十五分でスケッチするね」
そこから時計で計ったように十五分が経過して、僕は橘葵君が描いたスケッチを覗いた。
筋肉が盛り上がる広い肩幅と腰へ繋がる二本の背筋と鍛えられた臀部筋、その背中には二つの大きな翼が描かれている。
「これは?」
「公式戦最後の槇原君のリバウンド・ダンクをネット動画で見て、空を飛ぶ翼を描きたくなって」
「僕はこんなにマッチョじゃないし、筋肉を誇張しすぎだよ」
「うん、実は『群青』を二科展に出したかったけど、十五才以上の年齢制限で諦めたから、これを来年の二科展に出品する積り、題名は『勇者の翼』にする」
「僕がモデルって誰にも言わないでよ」
「勿論だよ、これも守秘義務だから僕と槇原君、二人だけの秘密だね」
僕の勘違いで全裸モデルに成ったが、バックショットだけが必要な橘君と少しだけ心が通った、そう思う状況の中、突然に美術室の扉が開いた。
「
驚きながら大きな声で質問するのは、
この状況は流石に不味いと思い、急いで下着から制服を着始める僕へ、
「別に
毒の強い
「え、それってどう言う意味なの?」
「別に意味なんてないわよ、
「槇原君、それ本当なの?」
普通の女子より可愛い女性顔の橘君が大きな瞳を更に大きく開いて訊くから、
「中三女子の可愛い冗談よ」
八頭身美人の
三人の小悪魔女子は冗談と言うが、
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