第114話 モチベーションを上げる。

僕が住む地区では、第二回県内統一模試を終えた十月中旬の金曜日に、中学三年生を対象にした公立高校見学会が開催される。


自分の志望校と模試で比較した合格可能ラインから見学会で訪れる公立高校を選ぶ。

バスケ優先で青竹高校を志望する僕は欠席扱いじゃなく、公休に成る金曜日に青竹高校訪問を検討した。


話は少し戻り、僕をモデルに描いた橘葵君の絵が気になり、掃除後の昼休みに教室を出る。

槇原マッキー、何処へ行く?」

自他共に認める唯一の親友、橋本ハッシーが僕を呼び止める。


「校内を徘徊してくる」

一人にしてくれの意味を込めた僕の返事に橋本ハッシーは、

槇原マッキートイレか、きっと大きい方だな、今日はペーパーの芯が何本分だ?」


誰も笑わない橋本の冗談に僕は、

「今日は調子が良いから、食品ラップの芯サイズだな」

そこまで言えば流石の橋本も僕に付いてこない。


教室を出てトイレの前をスルーして保健室へ向い、養護の先生に橘君の不在を聞いて旧校舎の美術部の部室へ向った。


数日前に訪れて僕の勘違いからヌードモデルに成り、全裸の後姿をラフスケッチされたその後が気になり橘葵君を訪ねた。


「橘君、こんにちは」

相変わらずのセーラー服を着る女装男子は今日も可愛い。

「あ、槇原君、絵を見に来たの?ここまで描いたけど」


僕をモデルにしたダビデ風の白い後姿、肩甲骨から開く大きな両翼は群青色に染められている。


「え、身体は大理石の様に白くて、大きく開いた翼は深い青なんだね」

素人の僕にはその意味を理解出来ないが、

「そうだね、青は僕のパーソナルカラーなんだ、橘葵たちばなあおいって名前もアオイでしょ」


群青を『ウルトラマリン、ラピスラズリ、フェルメールブルー、青は高貴な色』と雑学を披露した橋本の説明とは橘君の違っているが、素直に信じた僕も無学だと思う。


「普通の水彩画は背景から描くけど、僕はメインテーマを先に彩色するから背景は後だよ、それでも少し怖い槇原君のイメージカラーは白じゃなくて、アイボリーかダークグレーなんだ」


「冗談で僕の氏名から『魔人』なんて呼ばれた事も有ったから、橘君の好きに描いて」

「そうか魔人ならイメージが合う、タイトルは『青い翼の魔人』に決めた、有難う」

そんな事でお礼を言われても逆に恥かしいが、僕には別の疑問が湧き出て、


「橘君は何処の高校へ進学するの?」

「僕は美術科が有る白梅高校を志望している」

久しぶりに白梅高校の名前を聞いて、神山中学バスケ部の石川から『白梅高校で全国優勝を目指そう』と誘われた件を思い出した。


「白梅高校はそこそこ偏差値も高いだろ?」

保健室登校の橘君を見下す積りは無いが、内申点とテストの得点が足りているのか不安を隠せない。


「うん、定期テストは校長室で受けていて、五科目合計で450点取っている、それに専門科だから推薦入試も受けられる」

絵画コンクールで県知事賞受賞なら入試の加点も大きいだろう、それも有って他の部員が引退しても、橘君は美術室で創作活動を続けていられると察した。


「高校を卒業したら、やっぱり国立芸大に?」

「う~ん、芸大に魅力は有るけど、国立芸大卒の進路は殆ど大学院か留学だから、僕は高卒でフランスかイタリアへ渡りたい」


そこまで言い切る橘君に絵画の才能を疑うなんて出来ないが、それでも僕は、

「画家って大変な仕事でしょ、向日葵で有名な画家も亡くなるまで貧しかったと聞くし、あのフェルメールだって最期は苦労したって」


「そうだね、でも今はネットや絵画オークションも充実して、あの『バンクシー』は超セレブと聞くし『諦めなければ夢は叶う』、槇原君のバスケも同じでしょ?」


その通りだよ、『諦めたらそこでゲームセット』この名言を忘れた事は無い。


「うん、そうだね橘君、その『青い翼の魔人』が完成したら見せてね」


「勿論、槇原君には一番に見てもらうから」


美術室を出た僕に迷いは無かった。

その午後にクラス担任の小池詩織先生へ、

「青竹高校の見学会に参加します」

と申し出て、当日の金曜日を迎えた。



追記、全裸でモデルを務めた僕に、その夜一緒に勉強した天野サヤカさんは、

「美術室へ絵を見に行くって言ったのに、全裸で女装男子と二人きりなんて、女性と浮気するなら分かるけど、男に裕人君を取られるなんて屈辱よ」


「いやいや、あれは全裸でもデッサンのモデルだから、僕は浮気してないし」

「嘘が上手になったのね」


「僕を信じてよ」

「信じたいけど、その証が欲しい」


「僕が何をすれば天野サヤカさんは納得してくれるの?」

「そうね、これに署名と捺印を頂戴」

目の前に一枚の紙を差し出し、そこに婚姻届と記されていた。


「え、これに署名と?でも結婚年齢に達してないから受理されないよ」

「今は受理されなくても、これが手元に有るだけで私は満足できるの!」


ぼく槇原裕人、誕生日前の十四歳、人生初の婚姻届にサインした、いやサインさせられた。

この先の人生、前途多難をひしひしと感じる。


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