第74話 大人の事情。

槇原マッキー、お爺さんから岩鉄さんの事を聞いたけど知っているか?」


五月の連休にバスケ部の午前練習後、数日前に儀式のプレッシャーから解放された橋本ハッシーは、他の部員が居ないのを確認して僕にいてきた。


橋本ハッシーの祖父とは、Xmasパーティでお世話に成った市議会議員の安倍さんだと覚えている。

そしてクラス担任の岩鉄さんこと、岩田鉄男先生の何だろう・・・


橋本ハッシーのお爺さんは覚えているけど、なんの話か知らないな」


「ここだけの話しだけど、岩鉄さんって新婚で赤ちゃんが生まれたばかりらしい」


橋本ハッシーが担任教師の、しかも中年男性のプライベートに興味が有るのか、僕にはどうでも善い事で興味も無く共感出来ないが、


「おめでたい話だな、クラスの皆んなに声を掛けてお祝いを贈るのか?」


「そんな呑気な話じゃなくて、岩鉄さんの結婚相手が二十三歳で、灰原中学の前に赴任していた中学の元教え子らしくて当時から交際していたと、匿名の告発が市の教育委員会に来たらしい」

岩鉄さんは、僕の親と同世代の三十代後半で、一回り以上若い女性と結婚なら芸能人みたいな年の差婚みたいだな。


「橋本、それがどうした?」


「もしも、そうだとしたら問題だろ、市の教育委員会から聴聞ちょうもんを受けた岩鉄さんの言い分だと『確かに妻は元教え子ですが、付き合い始めたのは妻が大学に入ってからで、自分が指導した中学生時代では無い』らしい」


僕へ説明する橋本に、

「随分リアルな事情だな?」

「あれだよ、お爺さんの友人が教育委員会の幹部で、そこから岩鉄さんの人柄を訊かれた時に、今回の件を教えて貰ったのだよ」


それは岩鉄さんの個人的、教育委員会の組織的な情報漏洩じょうほうろうえいじゃないか、そんな事は僕にとってはどうでも善いが


今時いまどきは年の差婚でも問題は無いだろう」

「仮にそうでも、元教え子と結婚した教師に子供を安心して預けられないって、匿名の告発らしい」


パパラッチのような全くもって馬鹿馬鹿しい話だな、

「実にくだらない、それで橋本ハッシーは岩鉄さんの事をお爺さんにどう言った?」


僕の思いから問いを受けた橋本も、

「俺も岩鉄さんは礼儀に厳しいけど、生徒に優しい良い先生とお爺さんに言った、けど元教え子との結婚を問題視された岩鉄さんは退職届けを出したから」


『火の無い所には煙が立たない』的に疑われた岩鉄さんは、プライベートでも『李下に冠を正さず』とも指摘されたらしい。


「岩鉄さんは非がないのに辞職するのか?」

「教育委員会も慌てて引き止めたが、もしも担任するクラスの保護者を不安にさせたならとの理由で」

クラブ顧問や時間外労働の負担で教師を志望する大学生が減り、教育現場での人材不足をニュースで見た。


「それで教師を辞めるってマジな話かよ、橋本ハッシー

「辞めます、辞めるまでは、の末に他校へ転任だって槇原マッキー


橋本ハッシー、そうだと僕達三年四組の担任は誰に成る?」


「普通は副担任が昇格だろう」

橋本は当然のように言うが、

「副担任って誰?」

そもそも副担任制度と副担任の存在を僕は知らない。


「そりゃ、コケシちゃんの小池しおり先生だろうな、槇原マッキーこの話は内密だから誰にも言うなよ」

口の軽い橋本に忠告されて不思議な気分の僕に、


「なぁ槇原、『安心して子供を預けられない』の告発って、俺たちと同じ四組の親かな?」

出処でどころの怪しい告発は、モンペを偽装した告発者の可能性もある。


「生活指導の岩鉄さんを逆恨みした元生徒かも知れないし、証拠の無い犯人探しは難しい」

真面目に答える僕に、

「さすが槇原マッキー、見た目は大人、中身は子供の中学生探偵、尊敬するよ」

何かでボケている橋本は続けて、

「受験の年に担任が代わるなんて、俺たち四組の生徒は不安だよな?」

その考えは分からなく無いが、


「別に担任の指導力で受験するんじゃないから、生徒個人の学習努力だよ」

日常の生活や問題を起こした生徒の行動を学校に責任を問い詰める風潮は間違っている、それは育ってきた家庭環境も有るが親のしつけだろ・・・


「そうだよね、さすが槇原マッキー、もしホームルームで話題にされたら、それを発言したら善いと思う」

橋本ハッシーがそう言うのも分かるが、

「友人の少ない僕から言うより、コミュりょくが高い人気者の橋本ハッシーから言う方が共感される、と思う」

より効果的な状況を想像して提案した積りが、

「そうだよな、大きくて見た目が怖い槇原マッキーより、プリティな俺の方が人気は有るよな」

橋本の悪気は無い発言に腹が立つが、多少の勘違いには目をつむろう・・・

ゴールデンウィーク開けの月曜、週初めの一時間目はホームルームから。

何処まで知っているのか、数人の女子から岩鉄さんの転任と担任交代のヒソヒソばなしが聞こえている。

そこに登場し、教壇に立つ推定身長146cmの『コケシちゃん』こと、小池しおり先生から、

「岩田先生は一身上いっしんじょうの都合で転任されました、私が今日から皆の担任に成ります」

小池先生が言う『一身上の都合』こそが『大人の事情』だと思う。


いつもよりコケシちゃんの緊張が僕達にも伝わるなか、聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で『受験が心配』『頼りない先生』『不安しかない』と陰口かげぐち悪口わるぐちの批判が漏れていた。


橋本ハッシーと僕が想定してたパターンだと思う中、橋本ハッシーが立ちあがり、

「受験は個人の努力次第だろう、コケシちゃんに責任を転嫁するのは違うよ、急な担任に成ったコケシちゃんだって不安だと思う、逆に俺たち四組の生徒がコケシちゃんを応援しなきゃならない」


お~橋本の完成された台詞に共感からうなづく生徒と、応援すると言われて涙ぐむ小池先生、橋本ハッシーの将来は人前で演説できる議員だと思う、それにしても『コケシちゃん』の連発に笑いがこみ上げる。


僕は笑顔を誤魔化す積もりじゃないが、橋本ハッシーの発言に静まりかえるクラス内の雰囲気に、僕から『パチパチパチ』と大きく音の拍手と、

「さすが橋本ハッシー、四組のリーダー、善いことを言ってくれる」

それにクラスメイトも釣られて賛成の拍手が続き、ホームルームが終了した。


ちなみに、四月最初のホームルームで、男子全員と女子の半数から投票された橋本ハッシーは、3年連続で学級委員に選出された。


橋本ハッシーに投票しなかった女子の半数は真面目系で『橋本君は調子が良すぎるから』が理由らしい。


コケシちゃんを軽く見るクラスメイトの不安は収まったが、僕の中で『コケシちゃん』の担任は受験以外での不安は消えなかった。




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