第157話 第二、第三の封筒から。

三通の封筒から僕が最初に選んだ中の便箋に書かれていたのは、『新たな婚姻届に署名捺印』を望む。

そして選ばなかった残りの二通が気に成る僕へ、

「裕人君の意思で他の封筒を開封しても善いのよ、但し一度見たら拒否出来ないからね」


これを天野サヤカさんの警告と受け取るか、それでも僕の好奇心は納まらない。

躊躇ためらいながら二番目の封筒を開けた便箋には『私へ愛を誓う』と一行だけが書かれている。


「これは?」

「その文字どうり、私に永遠の愛を誓ってほしい」


「今すぐに?」

「ううん、裕人君の偽りない気持ちで神様の前かな?」


神様の前で愛を誓う、それは祝詞のりとみたいなものか、僕は天野さんに永遠の愛を誓う事に不安は有るが嫌じゃない。


「さあ、裕人君、最後に残った封筒は無いが書いてあるのかな?」

僕の好奇心をくすぐ天野さやかさんの言葉に、それまでの二つを想像しながら、身の危険は無いと思い挑戦チャレンジした。


「その中身がとても気に成るから、清水の舞台じゃなけど覚悟してみる」

「大袈裟ね」


三番目の白封筒から三つ折の便箋を取り出して開くと、

天野サヤカのご褒美に『二泊三日の旅行に行く』

と書いてある。

「え、旅行って」

僕の疑問に、

「お伊勢参りと観光よ」

お伊勢さんは人気の観光スポットで人混みが苦手な僕は気が乗らない、もちろん受験を理由にCMモデル休業中の天野さんが周囲の人に見つけられれば結構な騒動に成ると思うし・・・


「危ないから旅行は止めようよ」

僕の正論にサヤカさんは、

「私が危険なときは裕人君が守ってくれるでしょ、それにお伊勢さんの周りには美味しいグルメが沢山有るのよ」


「え、美味しいグルメって?」

つい美味しい食べ物に釣られうなんて、自分でも恥かしいが、

「伊勢といえば伊勢えび、塩焼きでも刺身でも美味しいけど特にミソが絶品よ、アワビの刺身や焼いたサザエ牡蠣も名物、新鮮なカンパチや鯛も鰤だって凄く美味しい、日本一有名な松坂牛も気絶するほど美味しいわ、あ、それに伊勢うどんは黒いけど少し甘いおつゆで、麺はお餅の様にフワフワでコシの強い讃岐うどんの対極よ」


グルメタレントみたいなサヤカさんの説明に僕の気持ちが大きく揺れ動いたと言うより、是非ともお伊勢参りに行くべきと決断した。


「それじゃ合否が出てからにして」

橋本と遊ぶ約束をした公立高校の合格発表後を希望する僕へ、

「裕人君、まさか四月の高校入学式まで春休みなんて思ってないでしょう、いい、合格発表後に入学手続きが有って、進学校は春休み中の課題テキストが沢山出るよ」


入学式前に春休みと課題テキストは想定外過ぎる僕へ、

「私も聞いた話だけど、偏差値72以上の黒松高校は普通の高校が夏休みまでに学ぶ範囲を課題テキストで済まして、四月の新学期は一年の後期から始まり、二年終了で高校三年間の単位取得が終わり、最後の一年間は全て受験対策だから東大京大に現役合格が四十人近く輩出しているの、白梅だってそこそこの進学校だから課題テキストが無いわけは無い、これを疑うなら黒松高校のOBOGに訊いたら?」


黒松のOBOGと言われても、今日話したナースの奈央ねえさんしか浮かばないし・・・あ、奈央ねえさんの高校で同級生だった四組担任のコケシちゃんなら、


「コケシちゃんに訊きたいけど、僕は携帯の番号を知らない」

小池先生コケシちゃん携帯スマホなら私が知っている」


サヤカさんの携帯からコケシちゃんを呼び出してもらい、

「先生、槇原です、ちょっとお尋ねしますが、黒松高校以外の進学校に春休みの課題が有りますか?」


「急ねぇ槇原君、県区内偏差値一番の黒松高校ほど多くないけど進学校なら何処でも春の課題テキストは有るよ」

「先生、これで疑問が解けました、有難うございます」


それなら尚更三月十四日の合格発表前にグルメ旅行へ行くべきと決めた。

と同時に合格発表後は橋本ハッシーとは遊べないと思うが、橋本ハッシーが気付くまで僕は黙っていよう。

「それで伊勢旅行はイツから?」

「明日の八時、私の家に来て」


え、明日の三月九日から二泊三日グルメ旅、他にも色々疑問は残るけど急な予定に驚いたが拒否する言葉は出なかった。


「その前に幾つか疑問が有るけど」

「なぁに、裕人君?」

鉄道旅なら中学生でも出来るが、ホテルか旅館に宿泊するなら成人じゃなきゃ駄目だろう、それに予算の心配も有る、両親としか旅行の経験がない僕には不安がいっぱい。


「泊まるのは旅館かホテル?」

親戚とか知り合いの御宅でお世話に成る可能性も考慮して質問した僕へ、


「そっか、裕人君の心配はそこね、私が7歳でモデルデビューしてからお世話に成っているヘアメイクの智美さんが故郷に帰って友人のサロンで働いていて、実家のホテルに予約を取ってくれて心配ない、支払いは私のスマホで決済できるし、元々はママに預けた私のおギャラだから裕人君は気にしないで」


一度に大量な情報を告げられても僕の能力では処理出来ないけど、僕が心配する事は無いらしい。


「それで天野サヤカさんは伊勢に言った事が有るの?」

「うん、智美さんに誘われて一度だけ、簡単な観光ガイドも出来るわよ」

それは心強い限りで、間違いのないグルメ旅が期待できるけど・・・


今は大人しくなった天野サヤカさんの小悪魔モードが発令されない事を僕は願うばかりだった。

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