第156話 運命の日、答え合わせ。

安田さんに呼び止めら話し終わった僕を北玄関の下駄箱前で橋本が待っていた。


槇原マッキー、用事は終わったか?」

「あぁ、中学女子の交友関係は難しいな」


「チラッと見たけど、あの女子は陸上部の安田さんだろ、少し色黒で鍛えられた脚線美、ユニフォームの下からチラリと見える腹筋が割れていてセクシーだぞ」


僕が知らない女子を認知している橋本ハッシーの脳内女子図鑑に驚き、

「じゃあ、陸上部の後藤さんは?」

「あぁ、走り高飛びの『ゴマリ』か、大柄でちょっと俺のタイプじゃないな」


友達の少ない僕よりずっと社交的な橋本に少しだけ笑える。

槇原マッキー、今まで有難う、明日から会えなくなるが俺たちは親友だぞ」

橋本から親友を確認するのは何度目か、勿論僕も、


橋本ハッシー、小学校から今まで僕からも有難う」

感動の別れを意識する僕へ、

「所で槇原マッキー、俺に隠している事は無いか?」

安田さんの謝意は言えないし、他にはと言われても・・・あ、


「そうだ橋本ハッシー青竹あおたけから白梅しろうめに変更して受験した」

天野サヤカさん以外誰にも言ってない志望校変更を始めて告げた僕へ、


「え~、槇原マッキーが農林高校の青竹を受けるから、俺は進学校の白鳥にしたのに、進学校の白梅なら俺も一緒に受けたのに、何だよぉ~」

僕には合格ボーダーラインギリギリの白梅に橋本が受験したら、僕はきっと落ちていたと思う。

そして高校バスケ全国一の野村先生が地元に帰ってくるの裏事情と言うか、誰にも話せないインサイダー的な情報で出願変更した僕は口が軽い橋本に黙っていたと同時に裏切っていたようで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「橋本、ごめん」

「俺に謝るなら、春休み一緒に遊ぼう」

人より体は大きいが神経が繊細な僕は三月十四日の合格発表まで気が休まらない、それを理由に橋本と遊ぶ約束を先延ばしにした。

「合格発表の後なら」

「約束だぞ槇原マッキー


暫く歩き橋本と別れて家路に向う僕の背中から、

「裕人君、最後だから一緒に帰りましょう」

いつもと同じ様に天野サヤカさんが並んで歩く、いつもと違うのは天野さんが吉田さんと女子の虐めを止めさせた事実を知っても言えないもどかしさに僕の心は落ち着かない。


「これで本当に最後だね」

灰原中学に通学するだけでなく、天野さんが受験した高校は単身赴任のパパが住む東京なのか、それともこの地元なのか聞いてない僕は天野さんと別れを意識していた。

「嫌だぁ裕人ひろと君、今生こんじょうの別れみたいに言わないでよ」


「そうだね、いつか何処かで会えるよね」

「いつもより変な裕人君、そう言えば今日が『運命の日』の答え合わせよ、思い出した?」


あ、クイズ『運命の日』をすっかり忘れていたし、五歳の頃、十年前の記憶は・・・

夏の夕方、生暖かい空気に土の匂いと雨の匂い、そこに流れてくる冷たい空気で鼻の奥が痛くなる、ベーカリーで働く両親の留守は家に僕一人。

空が暗くなり突然の豪雨と雷光に耳を塞ぎ眼を閉じて、恐怖から逃げる様に布団に潜りそのまま眠りにつき、帰宅した母に起こされる。


テレビで知った人の死因『出血多量』と『出血性ショック』で人にとって命の源は血液だと信じていた。

何度か指先を切っただけで『血がぁ、血が出たぁ』と泣いた事を憶えている。


それ以外の記憶は皆無で、天野さんのママ、エミリさんが若い先生より優しく綺麗だっただけ。


「今日のお昼ご飯は私の家で一緒に食べましょう」

卒業式が11時に終わり数人と挨拶を済ませ、仕事で両親が留守の家に一度帰り、着替えて天野さんの家へ向う事に成った。

それから二時間後、

「シーフードミックスを入れて私が作ったのよ」

サヤカさんが言う『しょうゆ味の海鮮焼きそば』を頂き、『うん、とても美味しかった』とお礼を言葉にするのは『母が作る料理を当たり前と思うな、美味しいとか有難うの感謝を言葉にしなさい』が母からの教だった。


「ちゃんとお礼を言える裕人君は偉いね」

調理したサヤカさんより先にママのエミリさんが僕を誉めてくれるが、

「ママ、私より先に言わないで、裕人君、私の部屋に行きましょう」

少し不機嫌な言葉を残してサヤカさんの部屋に入った。


「はい、答え合わせの時間です、裕人君、お答えください」

どんなに考えても思い出せないし、当時保育園か子供園で起きた出来事は帰宅後の昼寝で記憶が整理されいた。


「ゴメン、まるで思い出せない」

誤魔化す事なく正直に謝り、正解を知りたい僕へ、

「私から長い髪と鼻血のヒントを出したよね、それでも思い出せないの?」


そうか、天野さんの今も長い黒髪が印象的だったのは憶えている・・・

「やっぱり無理みたい」

「ブッブー、時間切れ、裕人君の不正解決定」


「だから答えを教えてくださいサヤカさん」

「どうしようかな~、裕人君が可哀想だから教えてあげるわ、いい?」


これは全て天野サヤカさんの言葉で、

五歳の年中組、バレンタインに僕はサヤカさんから小さなピロルチョコを貰った。

バレンタインの意味を知らない僕はその場でパクリと食べて『美味しいよ』と答えた。その翌日の昼休みに園庭で、一才年上で年長組のガキ大将と仲間の三人が天野サヤカさんの黒髪を掴んで『俺にもチョコをくれ』と意地悪した。

それを見た僕が『女の子に嫌がる事を止めろ』と止めに入り、『邪魔するな』と僕の手を掃ったガキ大将の手が僕の顔に当たった。

痛い鼻を押さえた僕の手に真っ赤な鼻血が出てから『血が血が出た』と、僕は『血が出て僕は死ぬ、お前も鼻血を出して死ね』と反撃した。

同級生より体の大きい僕は年上三人を相手にグーパンチで鼻を殴り鼻血を出させた。


制服を血で染めた僕を見た天野サヤカさんは、『私の為に命がけで戦ってくれる裕人君のお嫁さんに絶対なる』と決めたと言う。


そこまで説明されれば、園長先生に呼び出された母からこっぴどく叱られ、エミリさんが『最初に天野サヤカさんを虐めたのは年長組の三人だから守ってくれた裕人君は悪くない』と擁護され、翌日以降は大事にならなかった。


僕に守られたと言う天野さんがご機嫌だったが、血まみれで殴りあう姿を見た級友達は僕を恐れて一緒に遊ばなくなった。


記憶の奥底に封印した人生の汚点が蘇る。

「あの時とゾンビの時も私を守ってくれて有難うね」

サヤカさんからの謝意に、

「そ、そうだね、うん、これで忌まわしい過去を昇華したね」

これで『運命の日』の謎は解けたが、終わりでは無い気がする。


「さぁ裕人君、この中からどれか選んで」

二人が向かい合うテーブルの上に三通の白封筒を並べるサヤカさんは選択しろと。


「これは正解できなかった僕に罰ゲーム?」

「違うわよ、私そんなに意地悪じゃないよ、言ってみれば私へのご褒美かな?」


僕に取って無理難題のチャレンジでない事を祈って、

「じゃあ。これを」

三つの封筒から一つを選びサヤカさんが中から出した便箋を読むと、


「裕人君と私で婚姻届に署名捺印する、です」

ちょっと拍子抜けするご褒美に安堵した。


「前にも婚姻届を書いた気がするけど」

そこは不思議だが、

「善いのよ同じのが何枚あっても、私のコレクションだから」


今まで数枚は書いた婚姻届で困った事は無いし、紙一枚で納得してくれるならお安いご用と思う。

そうなると他の白封筒には何が書かれているのだろう、余計な好奇心が僕を唆した。

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