第171話 最終後話 いつまでも一緒に。

三月三十一日午前


「裕人君、この後は二階で話ましょう」

訪ねてきた天野サヤカさんは僕と二人だけで話したいらしい。


リビングから移動する僕達へ母は、

「お昼ご飯は何が好い?」

昼食の希望を聞いてくる。


「僕はドライカレーが食べたい」

そう母に答えると、

「サヤカちゃんは?」


天野サヤカさんの希望を訊く母。

「私はオムライスが好きです、そうだお母さんのオムライスの作り方を教えてください」


幼い頃から大人と仕事している社交的な天野サヤカさんは、会話術にも長けている。

「それじゃ私と一緒にオムライスを作りましょうね、サヤカちゃん」


おいおい、僕がリクエストしたドライカレーは却下されたのか、それなら、

「僕はオムライスの大盛りをお願いします」

と開き直った。


それまでは広かった僕の部屋が学習机と二台のベッドに占領されて、残りの空間は通路状態に成り、ベッドの上が座る場所に変わる。


通常サイズのベッドに座る僕へ、新しいワイドサイズのベッドに座る天野サヤカさんは、

「裕人君は前に『何でも私の言う事を聞く』って言ってくれたでしょ」

いつの事か憶えてないが、そんな約束をした気がしてくる。


「エッチの一線を越えないラインまで、かな?」

「そうよ、裕人君は私を妊娠させない様に決めた規則ルールでしょ?」


「まあそうだけど、避妊薬ピルを飲んで避妊具コンドームを使っても性行為エッチはNGだからね」

「私が完熟する十八歳まで手を出さないって言ったよね」

そう、キスは十五歳、エッチは十八歳まで我慢すると宣言した。


「じゃあ裕人君、私のベッドと交換しようよ」

うん?それはどう言う事かな・・・


「意味が分からないけど」

「だから、身体の大きな裕人君は手足が伸ばせる大きいベッドで、私が普通サイズのベッドを使うの、ダメかな」


それは有り難い申し出だが他にも何か理由が有りそうな気がする。

「ダメじゃないけど、本当の理由を教えてよ」

「笑わないって約束してね、裕人君の匂いが付いたベッドで眠りたいの」


「それって、僕の匂いフェチみたいな?」

「うん、好きな匂いを感じて熟睡できそうで、ダメなら大きいベッドで朝まで添い寝とか、添い寝だけなら妊娠しないでしょ?それに裕人君は一度寝たら朝まで爆睡だから私の処女バージンも守られるし、私は運命の赤い糸で結ばれた裕人君を縛る積もりは無いから」


話の意図が見えないし、天野さんが言う赤い糸が絡まっていて僕の思考では解けない。

天野サヤカさんの好きにしたら好いよ」

「やったぁ、裕人君から質問は無いの?」

ベッドの件は落着したが僕の疑問は天野さんの進路で、入学する高校を聞かされてない。


「高校は何処へ?」

僕が前に一度訊いた時は『教えない、秘密よ』と誤魔化した。

「裕人君に言ってなかったかな、裕人君と同じ白梅高校よ」

嘘だろ、そんな事を一度も言ってなかったし、受験の当日も白梅高校で遭遇しなかった。

「マジで?」

「同じ白梅高校でも裕人君は普通科、私は今年から新設された芸能科よ」

数十年前は女子校の白梅高校に音楽科と美術科が有ると知っていたが、新設の芸能科って何だよ・・・


「げ、芸能科って、どんな生徒が受験するの?」

「子役経験者やアイドル志望の女子、それに俳優を目指す私とか」

初めて聞く天野サヤカさんが俳優を目指すって意味が判らん。


「休養中でも天野さんは今もCMモデルでしょう」

「問題はそこなの、私がどんなにCMモデルで頑張っても、裕人君はCMの無いテレビ局しか見ないでしょ、だから俳優になって裕人君が見てくれる朝ドラや大河ドラマの出演を目指すの」


「そこについては大変申し訳ない」

言い訳をさせて貰えれば民放局の視聴中に強制的にCMを見させられるのは時間の無駄で、レコーダーに録画してCMスキップしてまで見たいコンテンツが無い。


「裕人君の質問、他には?」

「え、えっと・・・」

僕が次の疑問を口に出す前に、階下の母から、

「サヤカちゃん、調理を始めるわよ」

天野サヤカさんを呼ぶ声が聞こえて、


僕との会話を途切させて部屋を出る天野サヤカさんに付いてキッチンへ移動した。

「なんで裕人まで来るの、ここに居ても邪魔だから部屋で待ってなさい」

僕に用は無いとばかりの母に酷い言われようで、

「見てるだけでも?」

「調理中を見られたらサヤカちゃんが緊張するでしょ、安心しなさい裕人の苦手な人参とグリンピースを入れるわよ」

僕が人参とグリンピースが苦手だったのはミニバスケを始めた十歳で、今は好きでも嫌いでも無いのに。


「へぇ~裕人君は人参とグリンピースが嫌いなんだね」

母の悪戯を真に受ける天野サヤカさんは僕の苦手を知ったように微笑んだ。


「母さん、それは昔の事でしょ」

「あら、昔の事なら、裕人は五歳まで私のオッパイを吸っていた事もサヤカちゃんに言って良いの?」


母さん、そうじゃなくて・・・

「裕人君は乳離れが遅かったのね、だから今でもオッパイ大好きオッパイ星人なんだ」

天野サヤカさんも母さんと一緒に成って僕を弄るな、世間の、日本の男性は全員が女性のオッパイとカツ丼が好きなんだ、と僕は強く信じている。


二人から逃げるように僕は自室に戻り、オムライスが出来て呼ばれるまで待機していた。


約二十分後に美味しそうな匂いに誘われて食卓に付いた僕より先に父が食事を始めていた。

今日は日曜でベーカリーの定休日、友人と会う為に昼食を済ました父は出かけた。


天野さんと母に見られて食べたオムライスは、僕の慣れ親しんだ母の味付けで、

「サヤカちゃんが一人でオムライスを作ったのよ裕人」

「うん、凄く美味しいよ」

僕の素直な感想に、

「いやだぁ、お母さんの教え方が上手だから私でも出来たみたい」

「もう、サヤカちゃんったら、お世辞が美味いわね」

何だ、このワチャワチャした空気は、と言え世間で聞くこじれた嫁姑より好ましい。


三人での食事中、急に何かを思いついた様に母から、

「あ、そうだ、サヤカちゃんは失恋でも無いのに、どうして綺麗な黒髪を切ったの?」

そこは僕も不思議に思っていたが、


「それは病気などウイッグが必要な人へ髪を寄付するヘアドネーションです」

僕と母も初めて聞くヘアドネーションとは、髪のボランティアみたいな事か・・・


「偉いねサヤカちゃん、家事のお手伝いもだけど自分の髪を寄付するなんて、やっぱり産むなら女の子が良かったわ」

母から産まれた僕が男で残念みたいな言い草だよ。


「裕人君、あと片付けが済んだら二階に行くから先に待っていて」

そう言われた僕は部屋で天野サヤカさんが来るのを待っていた。


白梅高校の芸能科とかヘアドネーションとか、訊きたい事は沢山有ったが、

「お待たせしました」

部屋に戻って来た天野さんを見たら全てを忘れて、

「えっと、僕は何を話そうかな」

「何々、裕人君は私の何を知りたいの、オッパイそれともキスしてくれるの?」


今は違う、そうだ、黒髪ロングを切った理由はへアドネーションだけなのか、俳優を目指す理由が朝ドラと大河出演だけなのか、


「ショートヘアにした理由は髪の寄付だけじゃないでしょ」

「うん、そうだよ、私と伊勢に旅行したでしょ、大きな裕人君と私に気付いた女性と目が合う度に、ロングヘアの女性はスルーして、ショートの女性だけ凝視したから裕人君はショートヘアがタイプって察したわ」


親友の橋本ハッシーも含めて誰にも言ってなかった僕のタイプが、ショートカットで額を出した女性を天野さんに気付かれていたとは、洞察力が凄いし女の勘なのか。


「他に訊きたい事は?」

「・・・そうだ、俳優を目指すって」


「そうよ、何か?」

「今までのキャリアを生かして俳優の仕事を始めるの?」

親が芸能人だと二世俳優とか言われるが、天野さんはCMモデルの実績を元に活動すると思う僕からの質問。


「う~ん、そこに拘りが有って、今の事務所とモデル契約を解除して、俳優部の新人研究生でスタートする為の交渉に二週間ほど掛かったの」

モデル契約や俳優部の新人研究生とか、素人の僕には理解出来ない。


「それでも、天野サヤカの知名度で所属事務所が売り込むんでしょ?」

これが僕が想像できる芸能界の仕事と思う。


「違うわ、新人俳優を目指す私は本名の天野サヤカから初めて芸名を名乗るの」

益々僕の不思議が深まり、

天野サヤカさんの芸名って?」

何も想像出来ない僕はそのまま言葉を返した。


「事務所の営業に頼らずにオーディションを受ける新人女優の私は『槇原サヤカ』に改名します、どう、善い名前でしょ」


「え、槇原って、僕と同じ?」

「そう、数年後には芸名が本名に成るでしょ」


「そう言う事ね、うん、好い名前だよ」

「それに私が俳優を目指す理由が他にも有って、裕人君がアメリカでバスケット選手に成っても、私がハリウッド女優なら一緒に暮せるでしょう」


僕の夢も大きいけど、天野さんの夢も大きい、それでも僕がNBAプレーヤーに成るより天野さんがハリウッド女優に成る確立は遥かに大きいだろう。

僕と天野サヤカさんは二人で『大きな野望と弛まぬ努力』を誓った。


三月三十一日、卒業式を終えても今日までは中学生の僕と天野さん、明日の四月一日から白梅高校生になる。


『将来を約束した幼馴染は嫉妬深い元人気モデル』中学生編ここで完結。


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