第154話 三月八日の卒業式。
公立高校の入試合宿から自宅に帰った僕へ、
「裕人、父さんと母さんも卒業式に出席したほうが善いよね?」
灰原中学の卒業式に参加したい母は僕に同意を求める。
しかし三年前、灰原小学校の卒業式にベーカリーを臨時休業した両親が二人揃って参列した。
190cmの大柄な父と170cmの母、父は僕と同じ干支の39歳で、22歳で僕を産んだ母は現在37歳、たぶん
職人の父がパンを焼き、店頭で接客する母はいつもは素顔に近い薄化粧が前日に美容院で髪を整えて、当日は全力メイクに和正装で卒業式会場に降臨した。
普段の母を見慣れた僕でも、母の丸顔に整った鼻筋、大きな瞳と淡いピンクの唇に驚いていると、回りの級友は、
「槇原君が大きいのはご両親の遺伝よね、それにお母さん女優さんみたいに美人」
小学校から中学に進学する喜びより、恥ずかしさだけが想い出になったあの卒業式から三年、あのデジャブが再び繰り返すなんて御免だ・・・
「え、中学の卒業式に保護者は誰も来ないよ、ベーカリーを休んでまで来なくて良いから、僕はもう大人だし」
◇
高校受験を終えた翌日からラジオを解禁した、お気に入りのパーソナリィティは居るけど、リスナーの投稿メールに興味なく、ただ流れてくる音楽に耳を傾ける。
毎年この時期に成ると桜や旅立ちを歌った卒業ソングの特集が有り、昭和から平成の名曲が繰り返し聞こえてくる。
今年の灰原中学で僕達卒業生は『ぜんぶ』を合唱する。
三年前の灰原小学校の卒業式では何処かの教師が作った『旅立ちの日』を歌ったが、二十年以上昔の父と母の卒業式も『旅立ちの日』を歌ったと言う。
僕の個人的な希望なら『レモンメロン』みたいなバンドの『3月8日』を歌いたい。
◇
そして卒業式が始まると、ハンカチで眼を押さえた数名の女子からすすり泣く声が聞こえて、小学校の卒業式で、私立中学へ進む数人を除いてほぼ同じ灰原中学に進学するのに、あの子は何が悲しいのだろうと、今日も同じ事を思い出した。
校長先生の話、卒業証書授与、送辞と答辞、卒業生合唱の最中に、もう直ぐ中学生活が終わる、そう思う僕へ、
「
小中9年間を付き合った同じ四組の
確かに言われればそうだが、
「
「本当に
確信は無いが、会えないとは言えない僕に、
「俺と
友情を誓う橋本の言葉に僕の目頭が熱く成る。
体育館から教室へ戻る渡り廊下で同じ四組の女子二人から、
「合唱で感動して槇原君も泣いていたね」
「え、まじ、鬼の目にもナントカ、だね」
橋本の言葉に気持ちを高ぶらせて、茶化されるが気にしない。
◇
『私が三十歳が独身で彼氏が出来なかったら槇原君が責任とって結婚して』小池詩織先生から前日の無茶振り、その後日談的な・・・
コケシちゃんの無茶振りを否定出来ないまま卒業式を終えた僕は級友に混じり、四組の教室でコケシちゃんから旅立ち言葉を送られた。
「未熟な担任の私を慕ってくれて支えてくれて有難う、一生忘れないから、みんな大好きだよ」
女子大生の卒業式みたいな羽織袴の姿で、大粒の涙をぼろぼろ溢す小池詩織先生に、三年四組の女子達は、
「私たちはコケシちゃんの事を本当に心配したんだよ、給食の野菜が苦手とか修学旅行で迷子に成るとか」
僕とコケシちゃんしか知らない迷子事件を言う女子に、
「槇原君が喋ったの?」
コケシちゃんが僕を疑う疑問に、
「違うよ、隣のクラスの友達が迷子センターで保護されたコケシちゃんを見たって」
それを最期まで担任教師に言わない優しい生徒にコケシちゃんがまた目を潤ませた。
「これでクラスの皆と本当にお別れね」
コケシちゃんの言葉を待っていた様に一人の男子生徒が、
「小池詩織先生、明日、僕の童貞を貰ってください」
「馬鹿言うな、俺が先だ」
二人目の男子が言うと、
「感動の教室で、童貞を貰ってくれって言う男子って最低」
女子からの一斉ブーイングに、
「おい男子ども冷静に成れ、コケシちゃん、俺、高校野球の甲子園大会で優勝してドラフト1位でプロデビューするから、三年待って俺と結婚してください」
NBAを目指す僕は同じ事を言えないが、彼の壮大な人生計画に賛辞を送りたい。
「嬉しい、私に初めてのモテ期が来たみたい、人生今まで生きていて一番幸せです」
七五三の女児みたいな衣装のコケシちゃんは満面の笑みを浮かべた。
これで三十歳まで独身なんら結婚する僕の責任は解除されたに違いない。
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