第8話 僕の優先順位。

九月中旬、

今週末に中学バスケットボール協会主催の公式新人戦が始まる。

前回の試合結果から、シード指定の四校を含めた市内六十数校のバスケ部がA,Bブロックのトーナメントに分けられて、それぞれの決勝戦で勝った二校が県大会出場の権利を得る。

A,Bブロックのシード校は二回戦から登場するが、僕達の市立灰原中学、通称 灰中ばいちゅうはノーシードの一回戦から優勝を目指す。


くじ運に恵まれ同ブロックサイドのシード校、前回準優勝の白山しろやま中学とは決勝まで当たらない。

隣のサイドからブロック決勝に来そうな、上級生の引退試合で敗れた緑山中学に勝てば県大会へ出場できる。


僕達が一回戦で当たる上社中学とは過去5勝5敗のイーブンでも、それは前年までの対戦結果で、顧問の先生から『今年のチームなら十中八九じゅっちゅうはっくで勝てる』とポジティブなアドバイスで僕達の士気を上げた。

新人戦前日の金曜、今日は早く寝て明日に備えたい僕は、サヤカんちの夕食を遠慮した。

「大事な話が有るから寄ってよ、それとも裕人君はあの事を怒っているの?」

あの事とは、サヤカの悪戯で僕が我慢の限界で暴発した事と思う。


「別に怒ってないよ」

「裕人君、本当は怒っているでしょう?」


「怒ってないけど、学校でそう言う事を言うのは止めて欲しい」

「ご免なさい、あんな事はしないから今日だけお願い」

チラチラと級友達がこちらを見る、まるで僕がサヤカを虐めているみたいで、余計な誤解を防ぐ為に、

「分かったけど、明日はバスケの試合だから早く帰るよ」

「裕人君、有難う」

いつもの金曜なら放課後に練習するが、試合前日の男子バスケ部は休部して明日に備えた。

サヤカを送った家で、ママのエミリさんから、

「え、裕人君、今日は食事が要らないの、残念ね」

練習で汗をかいてないからシャワーの必要なく、僕はサヤカと部屋に移動した。


「サヤカの大事な話って、何?」

「うん、私一人が空回りしているみたいで、裕人君の頭の中を知りたい」


「頭の中って、大脳や小脳って事?」

「違う、頭の中とは意識よ、裕人君に取っての優先順位を円グラフで」

物質的でなく、僕の中で順位を円グラフの%で、かな?


「そうだな、一番はバスケが30%、次は食欲で30%、後は睡眠が30%位」

「ちょっと待って、裕人君の頭には学校の勉強とか私の存在は無いの?」


「そうか、じゃぁ残りの10%がサヤカと勉強だな」

「バスケと食欲は兎も角、私より睡眠が大事って、ちゃんと説明してよ」

隠す積りの無いけど、今まで誰にも言ってない僕は、

「別に善いけど、サヤカが聞いても判り難いと思うよ」


「それは聞いてから私が判断する、早く言って」

「小6で成長が止まったサヤカは経験無いと思うけど、年平均で僕は10cm伸びる、毎日じゃないけど足の骨が伸びる成長痛で、深夜2時から4時位まで眠れなくて睡眠不足なんだ」


「その成長痛せいちょうつうは痛いの?」

「関節よりすねの骨がキリキリミシミシ軋むような、夜明け前に落ち着く、運良く痛みが無くて朝まで熟睡出来るとその日は嬉しい」


「本当なの夜中に骨が伸びるの?」

「朝と夜で伸長が2cm違う、整形外科で痛み止めを処方されているけど効果が無くて、飲むと逆に目が覚めるから飲まない、でも目標まで背が伸びるなら我慢している」


「裕人君の目標身長って?」

「高校で185cm以上の目標は190cm、大学バスケまでに挫折しなけりゃ195cm以上、将来は2m越えでBリーグ入団、願いが叶うなら日本代表、最終目標はNBAアメリカプロバスケ入りかな」


「そう言う事ね分かったわ、もし裕人君の成長痛が無くなったら、空いた30%に私が居ても良いでしょう」

「そこは未だ分からない」


「そうね未来は誰も分からないよね、裕人君は私に答えてくれるけど、私にも何か質問してよ」

そう言われても、サヤカがモデルを辞めた理由は以前に聞いたし、ここで『何も無い』とか言うと『裕人君は私に興味が無いの』って逆ギレされると困る。

何か訊かないと、僕なりに考えて絞り出した質問は、


「サヤカは僕に嫉妬するって言ったけど、その相手は全ての女性?」

「全員じゃぁ無いけど、裕人君と笑顔で話している人だと後輩の可愛い男子も入るし、裕人君がじっと見つめるテーブルの醤油とソースの瓶にもイラッとする、なんてね、うそピョン」


うそピョンって、エミリさんの冗談でしょ、サヤカ、一ミリも笑えないよ、聞いた僕の方が間違っていた、それでも今後は女子との会話に気を付けようと思う。


「明日の準備も有るから僕は帰るよ」

「裕人君、今日も帰ってから抜くの?ならAVの女優より私をオカズにして」


一日三食毎朝快便の様に、正常な思春期の男子は日に何度か自慰しないと、授業中でもアソコが起立してしまう。


「え、そりゃ毎日のルーティンだからスルけど、サヤカをオカズって?」

「だからブラやショーツでも、裕人君の欲しい物を言って」

欲しい物と言われても、僕がサヤカの下着を持っている時に職質されたら下着泥棒確定、自分の部屋に隠してもエッチ本みたいに母から捜索発見されたら家族会議だよ


「柔らかいガーゼを一枚好いかな」

「ガーゼハンカチなら有るけど、それでどうするの?」

サヤカはチェストの引き出しからガーゼハンカチを取り出して訊いた。


「そのガーゼでサヤカが耳のうしろわきを拭いた匂いをオカズにするよ」

「裕人君は匂いフェチの変態ね、お姫様の香りは要らないの?」

サヤカの甘い香りで満足する僕に、お姫様の匂いは生々なまなましすぎて鼻血が出そう。


「そこまでは要らない、サヤカの耳と腋の匂いだけで満足できるから」

「遠慮しなくて善いのよ、ア、そうだ、裕人君ちょっとうしろを向いて」

僕へ背中を向けたサヤカは少し屈んで『痛ったぁ』と何かを手で取った。


「これも一緒に、裕人君、明日は新人戦でしょ、処女のヘアは『勝利のおまじない』って聞いたから、私のヘアをハンカチに挟むね」

それは都市伝説なのか、昔の風習なのか、初めて聞いた僕は有り難く頂いた。

「あともう一つ、本当にモデルへ戻らないの?」

「笑顔が苦手な私にグラビアは無理だからパリコレに憧れたのよ」


「それでもお世話に成ったメイクさんや、スタイリストさんに憧れなかったの?」

「うん、素敵な仕事だと思うけど、未だ何も考えられない」


「そうか、それならダイエットをやめて、ちゃんと御飯を食べてよ、痩せていれば良いわけじゃない、変態な僕が言っても信じて貰えないと思うけど、オヘソの下がポッコリ膨らむビーナスみたいな女性が好きだな」


「ウン、頑張って御飯を食べてみるね、でもエッチな裕人君は趣味がオッサンだよ」

そうだよ、僕は熟女好きの童貞だよ・・・


サヤカの部屋から階段を降りて、キッチンの熟女エミリさんへ、

「お邪魔しました」

「いま、御菓子とお茶を淹れるのに、裕人君帰っちゃうの?」


「はい、済みません、今日はこれで失礼します」

サヤカの家に寄り道した分だけ小走りで帰宅して、明日の準備でサブバッグに白と紺のユニフォーム二着と同色のバスケパンツ、交換用のソックス三枚、下着のボクサーブリーフも二枚、両膝サポーターと日本製バッシュを確認してファスナーを閉めた。


後日談、父母の製パン店が入る商店街で製茶屋、芳香園ほうこうえんの八十歳を超えた御隠居に『処女の毛』の意味を尋ねた。


「あれは戦時中に『女性は玉が無いから敵の弾に当たらない』のお守りから伝わった今で言うと民俗学だな、バブル以降は受験のお守りとか、競馬や競輪など勝負事のお守りにする人も居たが、今は言わないが処女の毛を訊くとは、パン屋の裕人も大人に成ったなぁ」


「御隠居、それ僕じゃなくて、友達の話です、本当ですって」

あ~商店街で変な噂が流れないと善いけど、心配だぁ・・・


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