第20話 その顔どうしたの①。

日曜の夜八時に帰宅し、いつもの様に大河ドラマを見ている母へ、

「ただ今帰りました」

声を掛けて、汚れ物をランドリーボックスに放り込んで自室へ向う。


「裕人、こっちに来なさい、食事はどうするの?、あら、その顔はどうしたの?」

母の質問に答えを用意してない怪我の理由より先に、

「友達にラーメンをご馳走に成ったから食事は要らない、携帯が無いので連絡できなかった」

と少しでも母を誤魔化せると思う僕が愚かだった。


「それで顔はどうしたの?」

「あ、あ、あ、あの、転んで怪我をしたんだ」


「そう、裕人が転んだのね、相手を怪我させてないよね」

母には全てがお見通しの様で、

「ウン、そっちは大丈夫」

僕は素直に頷いた。


「私に顔を見せなさい、ちょっと触るわよ、頬の傷と鼻血が出たのね、鼻骨が折れてなきゃ好いけど、明日は朝錬を休んで整形外科に行きなさい」

僕の傷を指で触れて心配する母へ申し訳ない気持ちで、

「は、はい、分かりました、ゴメンなさい、早く寝ます」


母から離れて自室へ向かう僕へ、

「裕人、今日、天野サヤカさんが店に来たわよ」

サヤカが父のパン屋に来たって、驚いて振り返る僕へ母は、


「練習試合の邪魔を出来ないからお手伝いしますって、接客を手伝ってくれたわ」

「え、母さん、それ本当?」


「笑顔で愛想良く接客できて、お客さんの評判も良かったわよ、子供が娘なら良かったと思ったわ」

それってサヤカをお嫁に迎えたい意味なのか、


「母さんは僕とサヤカを一緒にさせたいの?」

「バカね、裕人ひろと、自分の娘とお嫁さんは違うのよ、どんなに出来たでもお嫁さんには気遣うでしょう、相手もしゅうとめの私に遠慮するはず、私もお父さんのお義母かあさんに気を使ったわ」

血縁の娘と息子に嫁いだ嫁は違うと母は僕へ教えた。


「そうだね、シャワーだけ浴びて休むね」

「裕人、首に付いた赤いのは自分の血でしょう、それとも別の何か?」

急いで浴室の鏡で僕の血痕と松下エミさんのルージュでないと確認して安心するが、いつもテレビを見てゲラゲラ笑う呑気のんきな母でも女の勘は鋭いと感心した。


ベットに入り、間もなく眠りに落ちた僕は、疲労も有って翌朝まで熟睡できた。

朝錬を休み整形外科に行く僕はゆっくり朝食を頂く頃に、

「裕人、十月から冬服に衣替えでしょ」

母から言われて、クローゼットから出した学生服へ、袖を通した左肩にズキンと痛みを感じた。


鏡で見ると肩に青アザがある、これも整形外科で診て貰おうと思う、学生服が小さくて腕から肩が入らない。

「母さん、制服が小さくなったみたい」

「裕人が大きくなったのよ、中学入学時に大きめの185cmサイズを買ったのに、卒業まで未だ一年以上有るのよ、新品を買うと4万円以上でするしょ、どこかリサイクルを探すか、高校は制服自由の学校を選びなさい」


僕は中学校と同じ学ランが制服の高校か、制服の無い高校を志望するか。

天野さんへ電話して、整形外科に行くから、一人で登校してと伝え

母から整形外科の診察代を預かり、顔と肩が痛い僕は夏服を着て家を出た。


過去に何度かお世話に成った整形外科の院長は僕の顔を見るなり、

「裕人君、その顔はどうした? バスケで怪我したかな、他も痛いのか?」


バスケじゃないと言う前に、院長はいつもの調子で診察を始めて、

「レントゲンだと鼻骨は折れてない、肩の青アザは全治1週間の打撲、シップと痛み止めを出しておく」


院長は僕の顔からガーゼを剥がし、頬と鼻へ大きい傷バンに張り替え、受け付けで少し待って薬と湿布の処方から精算して、整形外科の玄関から出た。


僕の後から頭に湿布を張る男が出てきて、その顔で松下エミさんを襲った大学生だと気付いた。

「そこの人、話が有るから、ちょっと待って」

呼び止めた僕の顔を見て驚く男は、

「あ、いや、僕に話ってなに?」


「昨日は警察に届けなかったが、学習塾講師のバイトを止めて、二度とエミには近づかないと誓えるよね、有名大学なのにストーカーで人生を棒に振りたくないよね」


「あ、うん、君の言うとおりと思う」

「エミは知識を自慢するクイズマニアが嫌いなんだ、同好サークルの女性と付き合った方が良いよ」


「・・・」

これ以上は何も言わずにストーカーの大学生は僕に背を向けて去っていく。

これで一件落着すれば良いと思いながら僕は一時間遅れで登校した。

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