第123話 給食時間。
家庭の昼食は『お昼ご飯』、喫茶店や食堂なら『ランチ』、遠足だと『お弁当』、小学校と中学校では栄養士さんが考えて調理員さんが作る『給食』を指す。
こんなに簡単な日本語でも其々微妙に意味が違う。
そんな給食時間で僕達の三年四組に度々起こる珍事を明らかにしよう。
それは二週間に一度の頻度で使用される食材、担任のコケシちゃんこと小池詩織先生は、
「ねえ、私って小柄な少食でしょ、お願いだから少なめにして」
白エプロンを着て配膳する給食係りの生徒に手を合わせて願いするが、
「先生は好きなおかずだと『背を伸ばしたいから大きいのをが欲しい』って言うのに、みんな平等にチキンライスを配ります」
給食係の返事にうな垂れるコケシちゃんは、
「一人は寂しいから槇原君、私と一緒に食べようね」
そう言って僕の机に自分の給食を乗せたトレーを置き、教室の隅から予備の椅子を運んで座る。
「先生、休み時間に予定が有りますので急いでください」
美術部室へ向かいたい僕は担任のコケシちゃんを急かせる。
「うん、分かっている」
学校給食も学びの一環から、生徒はマイ箸を持参する様になっていた。
当然担任のコケシちゃんもマイ箸で給食を頂くが、今日のチキンライスから苦手なグリーンピースとみじん切りされた小さなピーマンを僕の食器に移している。それが終わるまで僕はお預けして待つ。
「そうやって
「私、緑色の食べ物が苦手と言うか、命に関わる食物アレルギーかもしれない」
そう言って涙ぐむコケシちゃんへ僕は、
「先生が苦手な野菜は僕の食器に入れて善いよ」
「槇原君は優しいね、有難う」
僕に取ってグリーンピースやピーマンは好きじゃないが、食べられないほど嫌いでも無い。命に関わるアレルギーと言うコケシちゃんに同情したかもしれない。
それからの給食でグリーンピースとピーマンが出た日のコケシちゃんは僕の隣で給食を食べている。
「槇原君、これもお願いしたい」
紙パックの牛乳を申し訳なさそうに僕の前に置くが、
「先生、背を伸ばしたいなら牛乳は飲みましょう」
男女を含めて四十人弱のクラスの誰より小さく、自称150cmのコケシちゃんを僕達は目測で148cmの2cmサバ読みと思っている。
そんな事が何度か続いた給食時間に僕は、
「先生は本当に食物アレルギーなの、なにか別の理由が有るの?」
「実は・・・」
コケシちゃんが小学生の頃に給食で生野菜サラダが出て、千切りキャベツの中に生きた青虫が動いた。それから緑色の食物が苦手になったトラウマらしい・・・
「それって、逆に言えば虫も死なないオーガニックの無農薬野菜でしょう、僕なら青虫を出してサラダを食べるよ」
「じゃぁ、青虫の糞が有ったら?」
「それは流石に嫌だな」
「でしょう、槇原君これからも宜しくね」
以前の僕に勉強と女性の扱いを教えてくれた看護師の佐藤
「裕人君、詩織は私の親友だから、困っていたら助けてあげてね」
と頼まれていた
「コケシちゃん俺たちは来年の三月に卒業するけど、その後はどうするの、来年の担任で意地悪な女子が偏食のコケシちゃんを虐める可能性は無いのかな、俺はそれが心配だよ」
暫し黙っていた橋本の疑問はコケシちゃんを不安から無言にさせる。
「
僕はコケシちゃんを庇い慰めるより、今の偏食を無くす可能性を提案した。
「そ、そうよ来年までに、私どうしよう?槇原君」
そこを訊かれても、野菜嫌いで無い僕は苦肉の策で、
「苦手なピーマンとミックスベジタブルをバター炒めで試したら、味が物足りない時は仕上げに醤油を数滴落として」
それは何処かの料理研究家みたいなレシピだが、そもそもコケシちゃんが料理を出来るのかも知らない。
「今度それにチャレンジするわ、槇原君有難うね」
コケシちゃんの返事に橋本は、
「
「そうかもしれないが、目の前で困っている人が居たら助けるのが人の道、ほら『義を見てせざるは勇なきなり』って言うだろ?」
「確かにそうだけど、槇原がそれなら構わないが、俺ならこの先の人生に心配しない方を選ぶ」
お互いの意見を尊重しながらも、持論を曲げない
コケシちゃんの偏食から始まった僕と橋本の議論を周りの
近くの席に座る女子生徒が、
「槇原君、私は今、困っています、助けてください」
突然に話しかけられて状況を理解出来ない僕の机にその女子は未開封の牛乳パックを置いて、
「私の家は毎朝パン食でコップ一杯の牛乳を飲むから給食の牛乳が飲めない、代わりに飲んでください」
これは目の前に困っている人が、の状況から助けを求められているのか、少し考える僕へ、
「槇原ベーカリーの食用パンが美味しくて・・・」
我が家の常連さんだからじゃないが、この女子が困っているなら、
「分かった、食品ロスを避ける意味でも、君の牛乳を頂くよ」
これは僕の安易な考えだったかもしれないが、別の女子生徒も、
「私、給食の牛乳を飲むとお腹が痛くなるから、槇原君、お願いします」
この後も同じ様な理由で机の上に牛乳パックが4つ並んだ。
「そら見た事か
それを見た橋本が嬉しそうに笑う、しかし神様は何処かから見ているように、
「橋本君、私の牛乳をあげるから飲んでね」
女子としては高身長の元バレー部、エースの須田さんが橋本の机に牛乳パックを置いた。
「え、俺に、なんで?」
橋本の疑問を分からなくは無いが、
「今の橋本君は背が低いでしょ、将来を心配する私のプレゼントよ」
「俺は170cmまで背が伸びた」
「へえ~、私も170cmだけど、立って比べる?」
自称170cmの橋本も2cmほどサバを呼んでいるらしい。
「朝と昼ではきっと身長が違うから、でもそう言う事なら須田さんの好意を有り難く頂くよ」
元々友人の多い橋本はコミニュケーション能力が高く、男女ともに人気が有る。
次の女子も、そのまた次の女子も橋本の机に自分の牛乳パックを置く。
自分の分も合わせて僕の前に牛乳パックが五個、橋本の前に牛乳パックが六個並ぶ。
「さすが人気者の
「ちょっと待てよ、俺は牛乳嫌いじゃないが一度に六個は飲めないだろう」
弱音に聞こえるが、それをいつも飲もうと橋本の自由だ。
「昼休みまで時間をかけて飲めば?」
冷たいようだが、僕は机に並ぶ牛乳5パックを一度に完食できる、いや完飲か・・・
給食の後に教室掃除が始まり、橋本は飲みきれない牛乳を昼休み時間まで持ち越した。
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