第124話 後輩女子の訪問。

給食後の掃除が終わり30分弱の昼休み時間になるが、橋本は身長が伸びるようにクラスメイトから貰った六本のパック牛乳を飲み終えてない。


「女子がくれた好意の牛乳を残すなよ」

心温まる僕の言葉に橋本ハッシーは、

「俺は槇原マッキーみたいな体質じゃないから、一度に一リットルの牛乳を飲めないデリケートなんだ」

小学生の頃から牛乳が苦手な橋本ハッシーの言い訳と僕は知っている。


「なぁ槇原マッキー、ハロウィーンで仮装しないか?」

「しない」


「じゃあ去年みたいにクリパは?」

橋本ハッシー、今年の僕達は受験生だろ、クリパもしないよ、それに誰が参加するんだよ」


「そりゃ槇原の知り合いで可愛い女子を集めてさ」

「それなら最初に吉田サユリさんを誘うよ」

吉田さんとは、元男子バスケ部の女子マネで鬼嫁キャラな橋本の彼女。


槇原マッキーって、昔より意地悪になったな」

「それは橋本ハッシーの被害妄想だよ、一応これも吉田サユリさんに報告しておくな」


「え、俺がハロウィーンとクリパを計画している事か?」

「違うよ、橋本ハッシーがイベントで女子と仲良くなりたい下心だよ」


「俺がワンチャン狙いみたいな言い方をするなよ」

「いいか橋本ハッシー、女子は口と尻の軽い男は嫌いらしいぞ」


「コミュ力の高い俺に嫉妬したのか、そうか、ムッツリの槇原マッキーは口とアソコが固いって評判だからな」


そんな下品な噂を聞いたことはないし、橋本ハッシーの作り話だと心配しないが、隣席の女子生徒は僕を見て、

「槇原君って口とアレが固いの?」

橋本の冗談を真面まともに受け取る女子が噂を広める可能性はゼロじゃない。


「それは橋本ハッシーの受け狙いボケだけど一ミリも笑えないでしょう?」

虫の知らせと言うか、嫌な予感がして早く美術部室へ行きたい僕は無駄に時間を費やした。



そんな僕の前に小さな女子生徒が現れて、

「槇原先輩、先日は助けて頂き有難うございました」


三年生の男子は学生服と女子はセーラー服だが、後輩の二年生と一年生の制服はブレザータイプに変わっているから、僕を呼び止める女子生徒が後輩だと分かる。


しかし制服のサイズが大き過ぎる気もする、僕も入学前に母から『直ぐに小さく成るから少し大きい制服にしなさい』と言われた経験で分からなくも無い。


そしてコケシちゃんより小柄な後輩女子は僕の記憶に無い。


「ところで君は誰?」

「覚えてないですか、私は一年二組の浅川結衣あさかわゆいと言います」

とか名乗っても知らない後輩女子に変わりは無い。


「いや、名前じゃなくて、僕は何処で君と会った?」

「夕暮れ前の街角で男に腕を掴まれて、ラブホへ連れ込まれる私を助けてくれたのが槇原先輩でした」

小柄な後輩女子の口からラブホを聞いても心当りは無い。


もっとも興味の無い事はすぐに忘れる僕だが・・・

「君との接点で他にヒントは無いの?」

「あ、これです」


小柄な後輩女子は何処からか赤いリンゴを取り出して、

「槇原先輩は握力が80kgでリンゴを素手で割るって言いました」


大学生風の男に腕を掴まれて『助けて下さい』と言ったの女子児童が、灰原中学の後輩女子とは思わなかった驚きから、

「君はあのチビッコか!」

思わず僕の口から本音が出た。


「え、チビッコって、確かに背は低いけど私ですか?」


「これは失礼した、そのリンゴを割るんだね」

後輩女子からリンゴを受け取り、ヘタの窪みに両手の親指を掛けて、テコの原理で赤い林檎を二つに割って見せた。

握力が80kg無くてもコツさえ摘めば、素手で林檎を割るなんて容易たやすい事だ。


「槇原先輩、凄いです」

「もう善いかな?」

これにて一件落着、残り少なくなった昼休みに美術部室へ向いたい僕へ、


「もう少しだけ五分ください」

これ以上に何を言いたいのか、


「それじゃぁ三分、そう言えばアイツは君の彼と言っていたが?」

「えっと、あの男とはネットで知り合い交際して、あの日は初めて会いました。待ち合わせて食事してカラオケに行って、その後にラブホへ行こうって」


携帯スマホを持ってない僕には理解出来ないが、今時はそれが普通なんだろう。

「アレが恋人なら何処でも行けば良かっただろ」

「え、初めて有った日にラブホは有りですか?」


「そこは知らん、大体ネットで知り合い交際するなんて、もっと自分を大切にしなさい」

「槇原先輩ってお爺ちゃんみたい」

ああ、尻軽女を心配するお爺ちゃんやお父さんに成ってやる気は更々無い。


「爺臭いけど、これからは自分から見て尊敬できる男子と付き合いなさい、チビッコ」


「チビッコじゃないです、私は浅川結衣あさかわゆいです」

アサ・カワユイ、朝可愛ゆいのキラキラネームだな・・・


とか言っている場合じゃない、予定の三分が過ぎて残りの昼休み時間が短い。


「これで終わりだ」

「あ、待って、槇原先輩、私と付き合ってください、最初にID交換をお願いします」

それは世間で言う所の友達申請なのか、理解できなく首を捻る僕に代わリ、そこまで傍観して居た親友の橋本ハッシーが、


「浅川結衣ちゃん、槇原マッキー携帯スマホを持ってないから無理だから、俺と付き合おうか?」


「そちらは誰ですか?」

「俺は元バスケ部キャプテンの橋本だよ」


「あ~クラスの男子に聞いた事が有ります、怖くて後輩がビビル槇原先輩とチョロイハッシー先輩って」

二年の後輩に舐められてるのは知っていたが、一年生にも同じに思われていた橋本ハッシーに少しだけ同情する。


「浅川さん、僕は尊敬できる男子と付き合いなさいって言ったよね」

「だから槇原先輩なんです」

初対面で尊敬されても困る僕は次の言葉が出てこない。


そこにチョロイと言われた橋本ハッシーが、

「いいか浅川ちゃん、親切な俺が教えてやるけど槇原マッキーは局アナの年上で知的な美熟女がタイプなんだ」


さすが僕の親友、でもタイプが美熟女には抵抗がある。

「槇原先輩のタイプは何歳の女子アナですか?」

ブラモリタや地元ローカルの清楚系美人の島都しまつさんは三十前後と思う。


「美熟女がタイプと言っても、優しく思いやりある落ち着いた女性の事で、実年齢じゃないから、そうだあの日に君を助けた理由はボスに指令されたからで、お礼を言いたいならボスに言いな」


「もしそのボスが槇原先輩に指令しなかったらシカトでしたか?」

「そうだよ、もしも翌日のニュースに君が変死体で発見されていても、僕の心は微塵も痛まない」


「それは酷いです」

「無防備な頭と尻の軽い女子の最期はそんなモノだよ」


「先輩のボスは何処ですか?」

「隣の三組、天野さんを訊ねて」


厳しい言い方だが、僕の本音を伝えたし、あの時に『私が責任を取る』と言った天野サヤカさんに丸投げして美術部室へ急ぐ、と思う僕に耳に『キンコン・カンコーン』と午後の始業チャイムが聞こえてきた。


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