第125話 嫌な予感。

後輩の浅川結衣さんが訊ねてきた昼休みから午後の授業が終わり、隣の三組から天野サヤカさんが僕のクラスに来て、

「裕人君、昼休み時間ギリにチビッコが来てね、これから説教するから今日は一緒に帰れないわ」


過去に自分が誘拐されそうになった天野サヤカさんが僕に指令した誘拐未遂の件が、ネット交際からのトラブルを一年生の浅川結衣に説教するらしい。


普段は優しく可愛い天野サヤカさんを怒らせたら怖い『君子危うきに近寄らず』や『触らぬ神に祟りなし』とは言えないが、僕はその場に立ち会う勇気は無い。


「うん、分かったけど、帰りが遅く成ると親も心配するから」

それは日が短くなった秋の夕暮れに天野サヤカさんとチビッコの両方を心配した僕の言葉だった。


「ウン、そんなに遅く成る積りは無いけど、キッチリと釘を刺しておくから」

そう言う天野さんのキリリと鋭い眼が怖い。


虫の知らせと言うか、悪い予感がした昼休みに美術部室へ行けなかった僕は、放課後に一人で向うが既に先客が居た。


「あ、槇原君、助けて」

美術部の女装男子、橘葵君が僕に救いを求める、先客は松下エミさん篠田ユミさん清水アキさん、三年生の女子三人。


橘君の説明だと、これより数時間前の昼休みに突如現れた学年カーストトップの三人が、

「橘君が槇原マッキーの親友って聞いたけど本当なの?」

特にリーダーでは無いが中心的な存在の松下エミさんの質問に、

「あ、うん、槇原君が友達の居ない僕と親友に成ってくれるっって」

橘君は僕の名前を出されて、美女子三人に警戒心を持たず素直に答えた。


「へえ~槇原マッキー橋本ハッシー以外に友達が居ないのに、新しい親友って不思議よねえ?」

それに納得いかないのか、三人の女子は口を揃えて怪しんだ。


「それで僕に御用件は?」

「橘君が槇原マッキーの親友なら私達も友達よ」


「それって橋本君みたいな芋づるの友達?」

「芋づるとは失礼ね、私達は純正品の標準装備よ」


芋づるに気を悪くしたのか、少しだけ口調が強い、と立花君は感じた、らしい・・・


「二年前の入学式以来、僕は松下さん達と会話も無かったでしょう?」

「そりゃそうよ、橘君みたいな女装男子は性同一障害とか心に病を抱えているとか、言ってみりゃ『腫れ物に触る』みたいに避けていたからね」


そんなやり取りで女子三人に追い込まれていた昼休みの窮地ピンチに、僕は嫌な予感がしていたみたいだった。


それから数時間、放課後の美術部室に僕と橘君、学年で人気上位の女子三人が顔を合わせた状況に、

「松下さん達は一体、橘君に何をしたい?」


僕の問いに、

「う~ん、まずは橘君の恋愛対象と言うか、好きなタイプは男性女性のどっち?」

そう言われれば、県知事賞受賞の水彩画『群青』を見て、橘君の才能を尊敬リスペクトした僕は、女装男子の橘君に『群青』の理由を訊いたが、好きなタイプを訊いた事は無い。


「それは・・・」

口ごもる橘君の言葉を待った。


「ええっと、初めて憧れたのは川で溺れた僕を救ってくれた体の大きな男性だけど、女性にはコンプレックスが有って・・・」

橘葵君が言う女性コンプレックスとは、以前僕に話してくれた三人の姉だと思う。


過去に訊いた僕は橘君の上に姉妹が三人居て、お下がりの服や幼い頃の遊びは姉とお飯事ままごとだったに違いない、それでも女性に免疫が有って苦手なはずは無いと勝手に想像した。


「コンプレックスって?」

橘君の三人姉を知らない松下エミさんは深堀して問う。

「止めなよ、それは橘君の個人情報だから」

僕は助け舟の積りは無いが松下エミさんの質問を遮った。


「槇原君、僕は大丈夫だから、あのね、長女の姉は高校から大学でホッケー部、双子の次姉は高校の女子サッカー部と三姉はソフトボールでインターハイ経験者、三人とも日焼で真っ黒の顔と、前後ろも分からない体型の胸はバストと言うより胸囲って感じで、三人のゴリエ姉には腕力と口論でも敵わない、そんな僕に可愛い女子三人が友達が出来て、それで戸惑っている」


橘君の説明だと三人の姉は恐怖の対象で、それが女性コンプレックスと言うのか、そして学年人気トップの美少女三人に囲まれて緊張している。


「それなら橘君は私達の中で誰が一番タイプなの?」

170cmのスリムなモデル体型の、いつもなら控えめな性格の清水アキさんが最初に訊いた。


「そうね、誰が一番なの?」

三人の中で小柄なアイドルみたいな男子に人気の篠田ユミさんも同調する。


「急に訊かれても、誰が一番なんて分からない、そうさナンバーワンよりオンリーワン、一人に其々の魅力が有るからね、納得してくれたでしょ」

僕が居るから少し安心したのか、橘君は名言で危機を乗り越えようとしたが。


「意味不明、そんな言葉で誤魔化されない、そうだ良い事を思いついた、実験しましょう?」

いつに無く積極的な長身の清水さんへ僕は、


「なんかムキに成っているみたいだけど、清水アキさんは橘君の何が気に入らないの?」

「別にそんな事ないけど、しいて言えば『茹で玉子』みたいな白い素肌『大きな眼と長いまつ毛』『細く高い鼻筋』私より可愛い顔に嫉妬している、かな?」

長身小顔の九頭身美人と言われる清水アキさんだが、女性はどれ程に自分が綺麗でも満足しない強欲な生き物と心理学の先生がテレビで言っていた。


しかし、女子より可愛い男子の橘君の容姿があだに成っているみたいだった。


「女子の私よりウエストサイズが小さそう」

小柄で少し福与かな篠田ユミさんも気に成る所が有るみたいに言う。


「え、まさか、私より体重が軽いなんて無いよね?」

それまで静観していた松下エミさんも不安を感じたのだろう。


「え、僕の身長160センチで体重は43kgかな、ウエストのサイズは57cmだから姉達の履けなくなったスカートとボトムスを着ているけど」


「負けた」

「私も」

「悔しい」

順に誰が言ったかは彼女達の名誉の為に伏せておくが、


「まぁそれは神様の悪戯と言う事で水に流して、そうだ、僕が橘君を尊敬リスペクトする理由は絵の才能だから」

「そんなの慰められても気にしないけど、絵が得意なら槇原マッキーみたいに私達をモデルに描いてよ」

形勢不利な松下エミさんは立場を逆転しようと無茶振りを言う。


「行き成り言われても、急過ぎて難しいよ」

会心の一撃は橘君に大きなダメ-ジを与えた。

それに続けと清水アキさんも、

「そうね、橘君が望むなら全裸ヌードもOK よ」

口撃こうげきの一手を出して、


「そう言う事なら私も脱ぐわ、三人の入浴シーンなんて素敵じゃない」

篠田ユミさんの言葉がダメ押しになり、

観念した橘君は、

「僕はどうしたら良いの?」

主導権を握った女子三人の清水さんから、


槇原マッキーも含めた四人と順にハグしましょう、その中で一番良かったのは誰か答えてね」

その提案は数日前まで一人も友人の居なかった橘君にはバツゲームに等しい、そして男子の僕も橘君を何故ハグするのか?


「それとね、私達の全裸絵を描く時は、当然だけど橘君も全裸よ、これ決定ね」

篠田さんの言葉に、それまで『三人でヌードモデルに成る』と聞いた時は洋画のビーナス誕生を想像したが、『橘君も全裸で描け』に『三人の小悪魔』だと感じた。


後日談、

橘君は松下さん、清水さん、篠田さんとハグして、そのあと体の大きい僕にハグされた。

「誰が一番だった?」

三人の問いに、

「槇原君が一番落ち着いた」

そう答える橘君に清水さんは、

「初恋の人が命の恩人って理由で槇原マッキーなの?何処の誰?」


「大きな大人しか分からないけど、助けられた時にパンの焼けるような良い匂いがした」

当時を思い出して言う橘君へ

「大柄な男性でパンの匂いがするって、槇原マッキーのお父さんしか居ないよ」


松下エミさんの言葉に僕も驚いたが当人の橘君は、

「そうか、だから槇原君に懐かしさを感じていたんだ、うん納得する」


そう言われてみれば小学一年の夏休みに、それまで夢中で昆虫図鑑を読んでいた僕に、

「裕人、今度キャンプに行って実物の昆虫を見てみよう」

父の誘いに母の『私は虫が駄目だからパスね』から、父と僕は二人で初キャンプに行った記憶が有る。

あの時に父が川で溺れる橘君を救ったのか、寡黙な父はそんな大事を息子の僕に言わなかった。

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