第165話 記念写真。

朝食バイキングで僕はアボカドが苦手と知った天野サヤカさんは上機嫌で、

「裕人君の弱点を知るのは私だけ♪~、フ・フ~ン♪~」

と無意識に鼻歌まで出ている。


「私、先に準備があるから、裕人君は十時までにイベント広場に来てよ」

天野サヤカさんが言うイベント広場とは、毎日午後三時から早くチェックインしたら子供向けの縁日会場だと思う僕が時計を見たのは九時、それから一時間を部屋のテレビを点けたまま瞼を閉じた。


仮眠から目覚めた僕は急いでイベント広場に向かったのは十時を少し過ぎていた。

天野さんに叱られると思う僕を待って居たのは、このホテルの娘で元ヘアメイクの鳥谷屋とやお 智美さとみさん、


「裕人君、こっちよ」

イベント広場の控え室的な個室へ呼ばれ用意された椅子に座る、その前に鏡台が視界に入る。


「時間が無いから急ぐよ」

智美さんは僕の首元へ手早くケープかマントみたいな布を巻きつけ、

「少し毛先をカットするね、男子の髪は太くて固いね」

と言うと同時にハサミを動かして五分弱、僕の首からケープを外して、

「くすぐったいけど我慢してよ」

そう言うと鏡越しに僕の顔を見て、


「裕人君、眉毛が薄いから少しペンを入れて整えるわよ」

天野サヤカさん担当の元メイクさん、数分で僕は始めましての顔に変身した。


「これはサヤカちゃんが小さい頃の話だけど」

智美さんが言うには、モデルデビューした頃の天野サヤカさんはお洒落で綺麗な服を着られるだけで嬉しかったが、いつからか口癖で『裕人君に会いたい』と不満を言い出して『モデルを辞めたい』と回りのスタッフを困らせたところへ、当時メイク・アシスタントの智美さんは、

「少女モデルのサヤカちゃんを裕人君がきっと見てくれるよ」

と騙すように説得した事が今も心に咎めているらしい。


それもこれも天野サヤカさんが十年間毎日の同じ夢を見続けた事と関係ないとは言えないだろう。

「そこは天野サヤカさん個人の感情だから否定できませんけど、それより僕の顔が変じゃないですか?」

初めてメイクされた僕の不安から智美さんへ尋ねると、


「う~ん、ちょっとkpop男性みたいだけど」

目と鼻筋が細く唇が薄い僕はそうなのか、自分じゃ分からないが、


「前に、同級生の女子から『醤油、ソース顔じゃない、無口な塩顔』と言われたり『爬虫類顔』とも言われました」

笑いの為に自虐した積りは無いが、


「うん、それは有る意味で女子の誉め言葉よ、男性より爬虫類が好きな女子も居るよ、サヤカちゃんがお待ちかね、早くこれに着替えてね」


智美さとみさんにサクサクっと髪をカットされて、シュッシュっとメイクされた僕はシルバーグレイのスーツに着替えてイベント広場に戻る。

これはいったいナンなんだ・・・


そう思う僕の前に、ウエストが細く絞れて、両胸は寄せて大きく見えて、白い肌の背中が大きく開いた純白のウエディング・ミニドレス姿の天野サヤカさんが現れた。


「どう裕人君、私のドレスも可愛いでしょう?」

少し照れたように微笑む顔はいつもの薄化粧と違って、ドラマや映画に主演する女優みたいに綺麗で、日本一の美少女より世界一の美少女、いつもの小悪魔より天使だと思う。


整った素顔ベースも当然だけど、ここまで仕上げるプロのメイクさんって凄い技能スキルと思う。


「上手く言えないけど、今日の天野サヤカさん凄く綺麗だよ」

これは僕の恥かしさからの照れ隠しで、天野サヤカさんを直視できない僕は視線が泳いでいると思う。

「ありがとう、裕人君もいつもと違って・・・何となく良いよ」

少し間が空くのは、無理して誉め言葉を捜したからと思う。



「時間が惜しいからプランを進めるね」

智美さんの声に応じた天野サヤカさんは、

「立ち位置は此処かな、裕人君は私の横に来て、そうそう」

いつの間にか智美さんの他に同世代の男性が三脚にビデオカメラをセットして、スチールカメラを手にして居る。


僕は言われたままに天野サヤカさんと並び、

「手を繋いで」「二人で見つめ合って」「次は彼女をお姫様抱っこして」「もっと高く持ち上げて、顔を近づけるみたいに」

カメラマンさんの矢継ぎ早な指示リクエストに従い、ウエディングドレスの天野サヤカさんを抱き上げた僕の頬に、

「チュ・チュ・チュ・チュ・チュ」と小さくキスをした。


「え、今のナニ?」

驚く僕の疑問に天野サヤカさんは、

「キス五回はア・イ・シ・テ・ルのサインよ」

と答える。


その一部始終をチェックアウト前の家族客ギャラリーが見ている、幼い女児が眼をキラキラさせながら僕と天野サヤカさんを見つめて、

「私もあんなに綺麗なドレスを着たお嫁さんに成りたい」

と歓声を上げた。


え、これは鳥谷尾リゾートのサプライズ的なドッキリイベントなの?

などと不思議に思う僕へ、


「これは若いカップル向けの模擬挙式なの、サヤカちゃんの希望とホテルの新プランでウインウインの関係なの」


つまり、この撮影した画像映像をホテルのプロモーションビデオとしてホームページとネット動画にアップロードする積りなのか、そして休業中と言え天野サヤカさんの所属事務所と了解が取れているのか、僕の不安を感じ取った智美さんは、


「大人の事情は心配ないから、裕人君の顔にはモザイク処理するし、サヤカちゃんの将来にも役に立つと思うよ」

素人の僕には理解できないが、天野サヤカさんの笑顔を見る限り少しの問題も無いらしい。


此処までの数日を考えると、今回の旅は天野サヤカさんが望んだ婚約旅行で、神様の前で愛を誓い、幼い頃からお世話に成った元ヘアメイクの智美さんと実家のホテルの協賛で、若いカップル向けの模擬挙式をホテルの宣伝に使用する。


「裕人君のスーツはレンタルだけど、私の衣装はママが結婚式で着たドレスをリフォームしたのよ」

160cmのサヤカさんより小柄なエミリさんが結婚式に着たドレスのリフレッシュとは想像出来ないほどに美しい。

三日の旅行にしては大きすぎると思ったキャリーケースの中に、純白のウェディングドレスも用意していたと、今更ながらに納得する。

その全てが天野サヤカさんへ十年間の呪縛を解く為と、僕へのサプライズだったみたいで・・・



記念撮影が終了して・・・撮影用のスペシャル・メイクからナチュラル・メイクにした天野サヤカさんは、世界一の美少女から日本一の美少女に戻った。


お姫様抱っこのキス画像を天野サヤカさんは携帯スマホに保存して、待ち受け画面に設定するらしい。

「裕人君も携帯スマホを持てば良いのに」

僕が携帯を持たない理由なんて無いけど今は必要を感じないし、毎月の料金など親に負担をかけるのは好ましくない。


智美さんの御兄さん、鳥谷尾トヤオリゾートの総支配人から今回の企画参加へお礼の意味を込めて、地元で有名な『海女小屋』の海鮮ランチをプレゼントされた。


『海女小屋』の語源は、海女さんが素潜り漁で冷えた身体を暖める為、浜に建てた作業小屋で、その中の囲炉裏で食事を取った事から、観光的なお食事処の屋号に使われている。

勿論、断る理由が無い僕と天野サヤカさんは『海女小屋』のランチメニューから、伊勢海老の鬼殻焼き、鮑の姿焼き、サザエのツボ焼きの海鮮グルメを満足するまで頂いた。


その食事中に天野サヤカさんから、

「あの写真家フォトグラファーの樋口さんは智美さんの同級生で彼氏なの、」

高校を出た智美さんは東京の専門学校で美容師に成り、ヘアメイクのアシスタントから天野サヤカさんの担当になり、昨年の春に天野サヤカさんが休養するまで七年の付き合いと言う。

同時期に帰郷した智美さんは地元の美容室に勤め、仕事の現場で再会した樋口さんと交際を始めて約一年が過ぎた。

彼からのプロポーズを待っているがその言葉を聞けないと、智美さんから聞かされた天野さんが言う。

「裕人君は、どう思う?」

どうと言われても、彼氏と彼女の其々に事情が有ると思うし、十五歳の僕と天野サヤカさんが口を挟むべきでは無いが

「ちなみに智美さんって何歳なの?」

「え、私と十五歳差だから三十歳かな、それって樋口さんは若い女性の方が良いって事?」


僕が想像するのはプロポーズする以上、妊娠出産とか妻と子供を守っていく男の覚悟とか、それに観光ホテルのご令嬢の智美さんと格式家柄が違うとか、格差を感じているかも知れない。


「その樋口さんがプロポーズ出来ないのは何となく僕には分かるかな」

「二人は交際しているし、婚姻年齢に達しているのに何で?」


「あくまでこれは僕の想像だけど、老舗ホテルのお嬢さんと自分は不釣合いだと樋口さんが思っているとか」


「それ裕人君も同じだと感じているの?」

天野さんの問いに即答で違うと言えない僕も情けないが、

「だから、彼のプロポーズには時間が掛かると思う」


「煮え切らない彼に三十過ぎた女性の智美さんは不安だと思うよ」

「男の僕には分からないけど、そうかな」


「だから誰かが背中を押さなきゃ、いっそ智美さんから夜這いするとか既成事実を作るとか」

それは既成事実と言うより、結果的に出来婚を目指す妊娠活動、妊活でしょう・・・

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